自給自足生活

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ボランティアとは自己満足の偽善行為であり、時に排他的かつ暴力的である

学生ではない社会人の場合、自分自身が仕事などを通じて生活費を稼ぐことなど、自分自身の生活に追われていると、まずボランティアをしようとか、ボランティアの情報を集めようとか、ボランティアのことを考えようという機会が全くない。それが生活に追われている社会人の場合は普通ではないかと思うが、私もそうなので、今までの人生では一度もボランティアをしている人のことを考えたことがなかった。

生活にある程度余裕があって、他人のために無償の労働らしきことをしている別世界の住人・・・それが私のボランティアをしている人たちの印象だ。

しかし、とある出来事によって『ボランティアの問題点』について考察する必要に迫られたのである。ある出来事そのものについては、このサイトの別ページで述べているので興味のある人は探してほしいが、端的に言うと小学校付近などで交通整備のボランティアをしている素人交通整備員についてだ。彼らの一部は、法律も知らないで交通整備をしているものだから、法律を守っている人に言いがかりをつけたり、やりたい放題なのだ。

これから社会人である私がボランティアの問題点をいくつか述べるが、一個人の意見なにので間違っても学校の宿題や小論文などで『ボランティアの問題点』がテーマだったとしても、これをコピペするのは薦めない。なぜなら、てめえの人生なんだから、そんなのはてめえで考えるべき問題だからだ。

ボランティアの問題点1 責任を負わなくていい

きちんとした労働契約を結んでいる仕事の場合、正社員などの会社員はもちろん、アルバイトやパート、派遣社員だってそれぞれの契約に基づいて、労働時間や仕事の成果が求められる。正当な理由がなく仕事の手を抜いたりサボったり、仕事は出来ても勤務態度が悪かったりすると、遅かれ早かれ仕事を失ったり、減給処分になる。

ところがボランティアの場合はどうだろう。

ボランティア活動は対価を貰う労働ではないので、やっている活動が適当だろうと誰かにネチネチ怒られたり、何らかの処分がされるということがない。もちろん違法行為などはその限りではないが、ボランティア活動は対価を貰う労働と違ってリスクがないのだ。

一般的なボランティアとは公共の利益的なものをするからボランティアだと思うが、公共の利益どころか公共の“不利益”が起きても、何ら責任が問われることがないのだ。

ボランティアの問題点2 結局、自己満足

普通の社会人は自分の生活があるので、生活の大半の時間を対価が貰える仕事に関係する事柄に時間を充てる必要がある。仕事とは大抵の場合は、自己満足ではなくて、お客さんがいたり、上司の要求を満たすなど、明確に他人に対して行うのが普通だ。他人に対して労働をした証として、お金を頂くのである。

しかし、ボランティアは他人や関係者の要求を満たす必要がない。感謝の言葉を言われたりするかもしれないが、給料が振り込まれたりはしない。現代人は生きているだけでもお金がかかるし、普通の神経をしていれば他人や社会に何かをした場合、その見返りが欲しくなるものである。

よって、ボランティア行為のモチベーションは低くなりがちで、対価の替わりに『自己満足』を得ることに終始しがちだ。自己満足が得られにくくなると、彼らは態度が悪くなるし、ボランティア行為の内容もクオリティが下がる。

対価を伴わない他人や社会への奉仕活動なんて、法律でいうところの最低賃金の価値もない活動なのだ。それが対価を貰うに相応しいことであれば、自治体や民間企業が事業化するのが資本主義社会だ。仕事以下な活動なのがボランティアなのである。お金も貰わずにそんなことしてくれてありがとう、なんて時と場合で思うこともあるかもしれないが、自己満足感を得るためにやっていると考えるのが妥当だ。自分自身の差し迫った生活費が必要なら、まずもって誰も無償の労働などやらない。

ボランティアの問題点 自己満足の肥大化は凶悪

前項でボランティアをする人のモチベーションが自己満足であることを述べた。

この自己満足は恐ろしいもので、次第に肥大化してゆく自己満足の塊は、やがて他人に危害を加えるようになる恐れがある。人は本質的に他人からの見返りを求めるものだが、ボランティア精神wが中途半端な人間がボランティアをすると、フラストレーションが溜まり、自分のボランティア行為での自己満足を阻害するような人間に危害を加えるようになる。

交通整備の例で言うと、法律や実情の交通ルールに従って通行しているだけの一般通行人でも、ちょっとでも自分の勝手な正義と違えば文句を言ったりするのだ。

世の中には災害のボランティアだとか役に立っているボランティアもある(と思いたい)ものの、悪いんだけど、交通整備程度のボランティアは対価を払うにも値しないと自治体や民間企業から判断されているレベルのこと。それに正義感や自己満足を他人に押し付けるのは、迷惑でしかないしボランティア精神wが足りなすぎる。そんな人はボランティアなんてやるべきじゃない。

とかなんとかってことをクソボランティア野郎のせいで考えさせられた、ってだけの話。決して全国平均的なボランティアの話じゃないよ、点の話。

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よく学校付近の交差点で教師とか保護者っぽい人が交通整備してるけど逆に危険だよね

私に言わせると、学校の教師はガセエリートで井の中で思い上がっているだけの狂人が大半だ。最も関わりたくない人種である。社会人になると関わる機会は激減して助かるが、それでも特定の状況では絡んでくることがある。そう、それが通学時間帯の学校付近の交差点だ。

よく都市近郊の住宅街とかにある小学校付近とかで、通学時間帯にその学校に勤める教師か保護者か知らないが、少なくとも学校や児童の関係者が交通整備している場面に出くわすことがある。

道路交通法などを熟知したプロの交通整備員っぽくは全くないので、素人と分類して差し支えないが、あの人達は法律に則らないで自己の変な正義感だけで交通整備しているものだから、一般人にも児童にも逆に有害な存在となっている。すべての人ではないと思いたいが、少なくとも一部にそういった人がいる。

まず学校の先生をはじめとした教育関係者とは

私は全く持って学校の先生というのに良い印象を持っていない。良い学校の先生に出くわした経験がほとんどないからだ。

私は今から20年以上前に小学校や中学校に通っていたが、当時の学校というのは教師が児童に暴力を振るうのが当たり前であった。廊下に呼び出してビンタ、髪を掴む、殴る、も蹴る、体罰なんて言葉は存在しない時代はこれが普通だったのだ。一般社会では許されることではないし、学校以外の場では当時でも許されることではなかっただろう。おそらく20年よりも前の時代だともっと激しかったのではないかと思う。

それが現在だと、むしろモンスターペアレントという言葉があるように保護者が威圧的であったり、教師による暴力行為などがあればスマホで撮影されて懲戒免職まっしぐらなはず。

昔で言うと、教師というのはそれなりの大学を出て狭き門(たぶん)の教員試験に採用されたエリートだったのかもしれないが、現在は逆。少子高齢化でどう考えても将来性のない仕事だし、長時間労働や教師同士のいじめなどブラックな労働環境だと聞いたこともある。

そもそも教師というのは一派企業などと違って、特殊な閉ざされた世界で行う仕事なのだ。少なくとも公立学校であれば、一般企業に勤める会社員と違って、業務効率や業績を追求する必要性はないし、ざっくり言って一般企業に勤める人間とは大きく違った特殊な環境にいる人達なのである。

朝の通学時間帯に交通整備をしているのは、おそらく、そんな特殊な環境にいる教師とかなのだ。

素人交通整備教師は交通ルールをわかっていない

ついこの間、こんなことがあった。

道路交通法上は、横断中に信号が点滅した場合、すみやかに渡り終えるというのは正しい対応だ。私は善良な市民なので法律に従って、すみやかに渡り終えたものの、交通整備係のガセエリート教師が言いがかりを付けていた。

「赤信号だから渡るんじゃねぇ」と、自分がこの信号装置や法律を作ったんだと言わんばかりに言いがかりをつけてきた。交通整備やるなら、道路交通法くらい勉強しろよ。むしろ小学校からやり直せw

住宅街に住んているので朝の買い物や通勤なので、どうしてもその交通整備をしている小学校前を嫌でも通らなければならないことがある。

私は典型的な一般人なので、児童等にとって模範的な市民ではないのだが、学校のような閉ざされた特殊な世界で働いているガセエリートみたいな教師は、一般市民に児童等に模範となるように要求するらしい。

車社会が終わればいいのにね

世の中には色々な問題があるが、この件について深く考察すると、行きつくのはクルマ社会が悪いということだ。

このガセエリート教師が交通整備をやっているのは、児童か車に撥ねれて保護者やPTAから攻められないようにするという、学校や教師の自己保身だろう。ご存じのように自動車業界はクルマ離れが進み、かつて暴力教師が蔓延っていた時代に比べると、日本経済における自動車業界のパーセンテージというのは激減している。

最新の会社四季報によれば、日本経済における自動車業界の規模というは8位だという。世界の株価時価総額ランキングからも日本の自動車メーカーは完全に消え失せ、下らないガセエリート教師から言いがかりをつけられないためにも、車所有者がもっともっと減って欲しいものだ。

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裏アカやアダルトツイートも放置、ツイッターはバカと暇人のものなのか?

10年以上前の昔は『ウェブはバカと暇人のもの』などと高みにいる人に言われたりしたものだが、最近は『ツイッターとYouTubeはバカと暇人のもの』になりつつあるらしい。

スーパーで会計前の刺身を食べた動画(窃盗行為に当たる)を公開する迷惑YouTuberという、もはやYouTuber自体が迷惑の代名詞になりあるご時世に迷惑極まりない行為をする人もいる。

ツイッターもツイッターで、登録が簡単で量産できるフリーのメアドさえあれば、いくらでもアカウントが作れることから、どうでもいいアカウントが大量にどうでもいいツイートが量産されているのが現実。

でも、YouTubeを運営するGoogleはもちろんのこと、ツイッター社の株価はそのへんの日本企業の株価を上回る。ツイッターなどのSNSは使う人には無料でも、列記としたビジネスを行っている外資企業であることを忘れてはいけない。

ツイッターはアダルト利用が禁止されているのに

ツイッターはアダルト、いわゆる成人向けコンテンツの利用が禁止されている。

どこからがアダルトか? という問題があるが、これはツイッターの規約やヘルプを見ればわかる。ボカシやモザイクが必要なものばかりでなく、性的なものを連想させるものは全てNG。あからさまなものはツイッター社に報告することで、凍結やアカウント削除などの対応がされる。

ツイッターで禁止されているはずのアダルトコンテンツの例

しかし、おかしなことにツイッターにはAV女優や風俗店のアカウントや、女子中学生や女子高校生の下着姿やそれ以上(それ以下?)のツイートが多数存在する。

存在するどころか、『トレンド』という注目されやすい場所にAV女優のアカウントが掲載されることすらある。中学生や高校生の利用者も多いツイッターでである。

18歳未満の子供(ガキ)のアダルトツイートは凍結されやすいが・・・

ツイッターの場合、18歳未満と明確にわかるアカウントのアダルトツイートは、凍結や削除の対象になることが多い。

これは同じくアメリカ企業が運営するYouTubeでは子供向け?か成人向けか?という線引きが明確になっていることが関連しているだろう。YouTubeは子供の権利をいい加減に扱っていたことが問題になり、実際に何億ドルもの賠償を払うことになった。

ツイッター社も似たような立場にあるYouTubeが子供を保護する方針に大きく転換したことから、子供(ガキ)の違法行為は野放しにしておきづらいのだろう。

しかし、業者のアダルトアカウントは削除されにくい

その一方で、やはり前述のようなAV女優やAV製作会社、風俗店といった明らかにアダルトコンテンツに関連したアカウントやツイートは黙認され、凍結や削除されるケースは少ない。

なぜだろう。

推測できるのは業界団体のようなところなど、何らかの圧力がかけられているか、それを恐れているのだろうか。自らアダルトコンテンツを禁止している媒体なのに、報告してもツイッター社はそういったアダルト関係の業者を排除することは今のところない。

SNSで芸能人に関わるのは超危険、フォローしちゃいけない

芸能人の場合、もはや個人名(芸名、仮名)を挙げることすら事案になると言ってもいいが、最近は芸能人の誹謗中傷がトレンドとなっている。

宣伝やファン活動、つまり商売のために芸能人はSNSアカウントを運営するが、間違ってもフォローしたり意見を書き込んではならない。

昔だと芸能人に意見があってもテレビ局に投書などに意見を送っても処分されるだけで返信されたりはしなかった。同様に所属している芸能事務所なんかに送っても同じ。

ところが最近は意見があれば直接、芸能人のアカウントに意見を送ったりできる。元々、サーカスの見せ物である芸能人に意見を送っても仕方がないので、フォローや良いこと悪いことを含めて、メッセージを送るようなことは控えよう。

元々テレビ離れのうえ、コロナ渦で仕事が減った彼ら彼女らは、迷惑YouTuberにすら話題を取られる存在であり、一般人がメッセージを送ったりして良い相手ではない。

そもそも、SNSで顔見知りでもない人にメッセージを送って良いことはほとんどない。就職の世話をしてくれそうな場合だけである。暇つぶしするにしも、もう少し有意義なことをしよう。

わざわざ企業が運営している媒体に投稿するのがナンセンス

noteしかりアメブロしかり、ツイッターしかりである。

なぜ自分で容易にメディアを運営できる時代に、そういった企業が広告費目当てで運営している媒体に人は投稿するのだろう。そこには多額の広告費が動いていたり、株価にも大きく影響していることを考えて、投稿しているのだろうか。

何も考えていないのなら、それは思考停止状態に他ならない。まさしく、『ツイッターやYouTubeはバカと暇人のもの』に違いない。