
画像は半田屋のかき揚げ丼350円(記事と関係ありません)
マジな話、俺はこれまで「社名+ISM」と社内の壁や廊下、社内報など至る所にISM標語を張り巡らすブラック会社に何社か勤めたことがあるが、それらは例外なく、全てがブラック宗教的企業だった。
理念を掲げているつもりなのだろうが、実態は社員の自由意志を奪うための洗脳でしかなく、会議で突然持ち出したり、社内報で特集したりと使い道が完全に宗教のそれと同じだったのである。〇〇ISMを掲げる会社は文化を育てたいのではなく、自分たちの文化を強制したいだけだ。
目次
そもそもISMとは何なのか
ISMという言葉は、本来哲学や思想の分類に使われる。個人や組織が何かを信じる価値観の体系を指す。
しかし、ブラック洗脳企業が使うISMは、本来とはほぼ無関係で、単なるスローガンとして乱用され、企業理念をそれっぽく見せるための語尾として利用されている。
企業が掲げるISMは思想でも哲学でもなく、中身のない標語をそれらしく見せるためだけの化粧であり、社員に従わせるための便利なラベルでしかない。
俺が勤めたISMクソ企業は、例外なくこの語を誤用していた。理念を深めるためではなく、理念を強制するために使い、社内文化を育てるためではなく、価値観を押し付けるために使っていた。つまりISMは思想ではなく支配の道具だった。
〇〇ISMという呪文が会社を腐らせる
〇〇ISMを掲げる企業は理念を語っているつもりだが、実態は社員を従わせるための呪文でしかない。
壁に貼り、廊下に貼り、会議室に貼り、朝礼で唱和させ、社内報で特集する。痛々しいだけだが、とにかくあらゆる場所でISMを連呼する。
ISMを連呼しないと不安なのだろうが、文化は静かに育つものであり、声高に叫んだ瞬間に虚構となる。俺が勤めた〇〇ISM企業は、例外なくこのISM呪文を乱用していた。
個人名+ISMという狂った会社
創業者や部署マネージャーなど、特定の人物を冠した「個人名+ISM」を掲げる会社まで存在する。
壁やパワポ資料に、その人物の名言を並べ、完全に宗教の儀式をやっていた。もはや会社ではなく、一人の人間を信仰対象にしたカルトである。その人物を崇めること自体が目的化していた。俺が勤めた会社の中にも、これをやっていたところがあった。
洗脳装置としてのISM
〇〇ISM企業は社員を考える個人から従う信者へ変換するための仕組みを持つ。
「ISMに沿って行動してね」「ISMを体現する人を表彰します」「ISMを感じた瞬間を投稿してください」と宗教的な行動を強制するのだ。
社内SNSでISMを感じた瞬間を毎週投稿しないと評価が下がる制度を導入していた会社もあった。もちろん、ISMの観察日記を書くために働いているわけではないが、ISM企業はそれを評価対象として求める。宗教には救いがあるかもしれないがISM企業に救いはない。
ISM企業の社内報は地獄
〇〇ISM企業の社内報は例外なく地獄だ。
ISMを体現する社員インタビューが特集コーナーに載り、ISMを語るページ、ISMを学ぶ勉強会レポート、ISMを感じた瞬間の投稿コーナーと、ISMの押し売りで埋め尽くされている。
価値観の強制と空気の支配が露骨に表れ、社員はISMの観察日記を提出する信者として扱われる。俺が勤めた会社の社内報も全てこの状態だった。
〇〇ISMはブラック企業の危険信号
最後にまとめると、ISMを掲げる企業は体系的な業務ロジックよりも、雰囲気とパワハラだけで成り立っていることが多い。
ISMに従えない人間は排除され、ISMを体現する人だけが選び抜かれる構造となっていることがほぼ全て。








