
画像は食事のイメージ
一般的なオフィスワークなのに勤怠ルールとして自席で食事できない会社は、デスクを戦いの場として扱っている。
戦場では兵士は常に戦闘態勢を維持する必要がある。つまり「デスクに座る=戦闘開始」が前提。
だから、デスクで休む、食事する、気を抜くといった行為は、組織の思想と矛盾する。社員を人間ではなく戦力として扱う会社は、自席で食事をとらせない。
目次
「休憩は別の場所で」は管理のための管理
自席で食事できない会社は、徹底した監視主義である。
「休憩はオフィスの外で」というのは、成果ではなく行動を管理する会社の典型だ。本来、成果主義なら「どこで食べようが自由」であるべきだが、こうした会社は成果主義を名乗りながら実態は監視主義である。
「休憩のために移動させる」のは統制を優先
自席で食事できないルールは、従業員に余計な移動コストを強いる。
こうした会社では12時~13時などオフィス街の飲食店が最も混み合う時間帯に一斉に昼休みをとることが多いが、オフィスから出るだけでもエレベーターは込み合うし、昼食をとるのも一苦労だ。
オフィスで食べ物を口にすることが許されていないので、混み合う時間帯だろうと店を探すしかない。
しかも、休憩室が満足に用意されていなかったり、社員食堂があっても長蛇の列が出来ることも多い。それでもルールを維持するのは、生産性より統制を優先しているからだ。統制を優先する組織は例外なくブラック化する。
「デスクで食べる=気を抜いている」という価値観の古さ
自席で食べることを嫌う会社は、働いている姿を重視する昭和的価値観を引きずっている。
「机に向かっている=仕事」「席にいない=サボり」「休憩は隠れて取るもの」というような価値観は、成果よりも働いている風景を評価する会社に根強い。
つまり、自席で昼食が食べられない結果よりも見た目の勤勉さを優先しているのだ。
自席で食べられない会社は仕事の余白を嫌う
良い仕事をするには、ちょっとした息抜きや思考する仕事が必要なのは言うまでもないが、こうした余白を嫌う会社が自席でも食事を許さない傾向にある。
特にクリエイティブな要素がある仕事には、余白は不可欠。しかし、ブラック体質の企業は余白=怠惰とみなし、徹底的に排除する。
余白を排除する会社は、疲労、離職者の増加、従業員のメンタル不調を構造的に生み出すのだ。








