Sixth Stage 沖縄やんばる Special Touring Style

4日目 地図にはない載らない、やんばるの峠

午前4時、名護のネットカフェを出発する。

夜型社会の沖縄では違和感はあまりないが、20歳くらいの若い女の子数名も、同じタイミングでネットカフェを後にしていた。24時間営業のスーパーの明かりが暖かい。

物陰で着替えたり荷造りをしていると、軽く雨が降ってくる。沖縄では天気予報は当てにならず、快晴でも雨が降る。

少ししたら雨は止み、前回は走れなかったやんばる北部へと進んでいく。まずは国道58号線を北上し、沖縄本島最北端を目指すことにする。

この時期、沖縄の日の出はちょうど午前6時頃だった。日が沈むのは午後6時で、太陽が出ているのは12時間。あまりのんびりしていられないのだ。

ちなみに、夏場だと日本で最も日中時間(太陽が出ている時間)が長いのは北海道。冬場の沖縄は日の出が遅くて、朝7時とかでも暗い。

名護市は広いが、名護を出ると大宜味村に入る。左手には海が広がり、道路も快適で、走っている感じは恩名村あたりとあまり変わらない。このあたりは10数回沖縄に来ている私でも初めての場所だ。大宜味村ではファミリーマートで弁当を買って、海を見ながら朝食を食べた。

沖縄のファミリーマートは以前からそうだが、なかなかやる。惣菜が沖縄ローカル店と見間違うほど、地元を意識した沖縄っぽいメニューばかりを揃えている。長いものに巻かれろで東京べったりの姿勢を崩さない、北海道のファミリーマートも見習って欲しいものだ。

沖縄のコンビニは正確なデータを参照したわけではないが、見た感じ、ファミリーマートが一番多い。そのあとにローソン、coco!が続くように思う。coco!は郊外に多い。セブンイレブンやイトーヨーカドーは沖縄にはない。

こうして自転車の写真を見ると、我ながらだが、ものすごい勇ましい乗り物のように思える。実際、この自転車だけでどこでも寝泊りできる即席キャンピング仕様車なのだ。

あまり代わり映えしない風景をずっと走っていると、やがて国頭村に入る。国頭村からは左手が海ではなくて、少し陸地側を走る。村っぽい雰囲気になってくる。

国頭村に限ったことではないが、沖縄の田舎では朝の6時とか7時くらいの早朝に、バカでかい音量で『村民のみなさんへ』みたいなお知らせが役所とかのスピーカーから流れる。健康診断とか町内会のイベントの告知とか、単に『今日も一日がんばって働きましょう』みたいなメッセージのこともある。

北海道の田舎にも街頭放送(※)というものがあるから、私があまり言えたものではないが、沖縄の田舎に住むと規則正しい生活を強いられるだろう。

※実は札幌中心部にも、牛がいっぱいいるような田舎街と同じような街頭放送があることは、都会人気質でプライドの高い札幌人には内緒

国頭村は那覇から遠い。自動車専用道路もないから、それほどメジャーではないけれど、パンフレットなどによればビーチ周辺などはリゾート地ということになっている。国道58号線を走っている限りは、それほどリゾートっぽい雰囲気はしなかったが。

国頭村には沖縄本島で稀少なキャンプ場が2つもある。比地大滝という、沖縄では珍しい滝がある観光地に設置されているキャンプ場は2千円とかで、森林公園というところにあるキャンプ場は千円くらいだ。テント張るだけで2千円とか、最低賃金が時給600円台の沖縄で、きっとどうかしている。

もし力尽きたとかで、このへんで仕方なくキャンプをする場合は、どちらかというマシな森林公園に行こうと思っていた。一応、リゾート地だから東京資本の高級リゾートホテルはあるものの、ビジネスホテル的なものは多分ない。よくわからん民宿とかペンションくらいしか、このあたりに安い宿泊施設は存在しないだろう。

森林公園の看板を国道で見つけたが、無視して先へと進む。

このあたりは沖縄本島の中南部ではあまり見ないような、山がちな沖縄となる。トンネルなどもあって、だんだんと見慣れた沖縄ではなくなってくる。山に生えている木々は植物に詳しくない私でもはっきりわかるくらい、本土とは違う木ばっかり。やんばるは亜熱帯のジャングルだ。

順調に走っていると、歩道に内臓が飛び出した状態で死んでいる蛇が。これはハブだろう。でかいな。たぶん、道路を横断中に車に轢かれて、最後の力で歩道まで移動したのだろう。

左手に海、右手にジャングルという風景の中を比較的長い間、ずっと北へと向かう。道は至って快適だ。時々、海を見るための駐車場みたいのがあって、レンタカーの観光客が写真を撮ったりしていた。沖縄本島の最北端まで向かうという、酔狂な観光客だ。

まだかまだかと思いながら、2時間ほど走っただろうか。いよいよ最北端の辺戸岬に近づいている雰囲気を感じる。ここまで来ると中南部の車ぎっしりな国道58号線と同じ道路とは思えなくなってくる。交通量は少なく、工事関係の車と、酔狂な観光客のレンタカーしか通らない。

やがて辺戸岬に辿り着くと、売店とトイレ、石碑があった。若いカップルのレンタカーが停まっていたが、車でここに来ても達成感みたいなものはないだろう。あとで思うと小さなことなのだが、私は自転車で来たので、そこそこの達成感があった。

石碑は達筆過ぎて何が書いてあるのかよくわからなかった。沖縄県民の本土への恨みとかそういったものが書かれているというが、残念だが私には読めなかった。

辺戸岬の近くには大石林山という岩山のような観光地がある。当然、有料施設だ。中部以北の色々なところに大石林山の宣伝看板があった。パワースポットらしいが、どうでもいい。

国道58号線は辺戸岬で終わりではなくて、南東に少し進んだところにある奥集落まで続いている。国道に戻り、奥集落を目指す。

一般の観光客は辺戸岬を見て、大石林山のパワースポットに行ったら、このあたりの観光は終わり。そのため、戻るための道が標識で強調されていた。私には、なんとなく『引き返した方がいいですよ!』というメッセージを伝えているかのように感じた。

引き返せというメッセージを無視して先へ進むと、山道を通ってやがて奥集落へと辿りつく。ここは沖縄本島の北東部にあたる。

北東部は沖縄本島の中でも秘境みたいな所だ。一般の観光客は滅多に来ない。米軍の演習場などもあって、一般人が立ち入れない場所も多いし、観光地らしい観光地もない。

一番来るのはダムマニアだろう。このあたりはダムが沢山あり、公園などの設備も併設している。事前申請が必要だが、キャンプすることもできる。こんなところにはホテルやネットカフェは探せそうにないので、万一キャンプする事態に陥った場合のために、予め申請書をWebサイトから印刷していた。本来は郵送対応だが、現地でも手続きできるようだったからだ。

奥集落に辿りつく。国道58号線の沖縄本島での起点だ。近くの共同売店でここに辿りついた証明書を100円で売ってくれるらしい。お金の大切さを知っているまともな社会人だったらそんなものに100円も払わないだろうが、私は当然買わなかった。

共同売店というのは、沖縄に昔からある地域住民による地域住民のための売店だ。その歴史は100年以上で、かつては金融機関や運送会社、倉庫業的なサービスもしていたそうで、今時のコンビニも顔負けである。

奥集落の共同売店で買い物をしようと立ち寄ったが、雰囲気がよくなかったので何も買わなかった。場所が場所だから仕方ないが、飲食物は都市部のコンビニよりも高い。

公園で少し休憩し、先へと進む。珍鳥ヤンバルクイナに関する看板は沢山あるが、飛べない鳥で普段は山の中で暮らしているそうだ。

橋を渡ると国道58号線から県道70号線へとバトンタッチする。この橋を渡るかどうかは結構重要な事で、国道から県道になるだけなのだが、道のランクが3段階くらいダウンする。道幅は狭く、路肩は荒れており、草木が茂り、そしてなによりアップダウンやカーブが多い。

県道70号線は、自転車にとってかなりの苦痛を強いられる道だ。地図の上では沖縄に峠はないことになっているが、短い距離で相当な登りと下りを繰り返す。下りはノーブレーキだと漕がなくても時速50Km以上に達するくらいで、これまでの自転車旅行史上で最速の時速57Kmというスピードを弾き出したほどだ。

そして、時期が良くなかったのか、セミがミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミン、ミンミンと滅茶苦茶うるせー。

最初は鳥だと思ったが、ある時、音の発生元を辿って行ったら木にとまっているセミだった。


yanbaru_semi.mp3

※雰囲気を疑似体験できるようにMP3のオーディオファイルを用意しました。ダウンロードして各自ループ再生しながらお読みください。

多分、この地方のセミだと思うが、ブザーみたいな感じで大音響が響き渡って眩暈がしてくる。開けた場所を走っているのに、トンネルとか土管の中にいるみたいだ。あまりにもうるせーので、火炎放射器で森ごとセミ共を焼き払うことができたら、どんなに快感だろうと不謹慎なことさえ想像した。

途中、急に大雨になったので慌てて雨具を装着する。カメラなどもしまう。

県道70号線を走ると、数キロ置きくらいに集落がある。集落にはそれぞれ例の共同売店が1店舗ずつある。ツーリングマップルによると、共同売店はそれぞれの店舗に違った味があるらしい。共同売店があるということは、すなわち他に店がないということを意味するので、次に立ち寄る集落では雰囲気の良い共同売店であることを願いたい。

車はほとんど通らないが、たまに工事関係の車が通る。北見峠よりはだいぶ交通量がある。商魂逞しい沖縄だけあって、自動販売機は割とポツンポツンと見かける。

雨はなんとか上がってくれた。しかし、同時にまたあのクソうるさいセミ共がミンミン鳴き出すので、また眩暈がしてくる。

アホみたいな登り下りを何度も何度も繰り返した。やがて、安波集落へと辿りつく。安波は『あは』と読むが、日本の地名なのにWindows7標準のIMEで変換できない。ちょうど昼時だったので、食事を何とかしたいと思った。

案の定、食べ物を買えるような所は共同売店しかなかった。店の敷地に大きな東屋があったが、昼時だったので工事関係の先客が昼寝中。店内に入ると、こんにちは、いらっしゃいませと挨拶される。共同売店では挨拶されないものだと思っていたので意外だった。

店内では惣菜類は買えなかったが、比較的良心的な値段でカップ麺とアルフォートが買えた。ジュースは外の自販機の方が安かったので外で買う。カップ麺に湯を入れさせて貰って外に出たが、3分以内に辿りつける場所に公園はないようだった。しかたなく、敷地の塀に腰掛けてラーメンを食べていると小雨が降ってくる。

店のおばさんに中のゆんたく場で食べたら? と声を掛けられる。ありがたかったが、すぐに止みそうだったので辞退する。共同売店はゆんたく場という、おしゃべりするためのテーブルが用意されている。地域住民のコミュニケーションの場でもあるのだ。どこも悪くないのに話し相手が欲しいがために、健康保険を使って医者にかかる老人が全国には多いので、ゆんたく場のシステムは他の地域も見習った方がいいだろう。

安波集落の近くには安波ダムがあるので偵察に向かう。また例のアップダウンの道を走ることになったが、食料はその気になれば集落の共同売店で入手できる。ダムでキャンプの許可が取れれば、今日一日の仕事が終わると思った。

ダムサイトに到着する。でかいダムとトイレと事務所らしき建物があるが、特にキャンプ場という案内はない。それもそのはず。敷地内の芝生とか空きスペースにテントを張る許可を出すよ、というだけであって、いわゆるキャンプ場ではないからだ。

想像するに、国土交通省のイメージアップ作戦みたいなものだろう。ダムを作ると自然破壊になったり立ち退きを迫られたりする住民もいるわけで、ダム肯定派を増やすためにキャンプ場所を提供したり、ちょっとした公園みたいなものを作っているのだろう。

イメージアップ作戦の最たるものがダムカードだ。ダムカードとは、ダムに訪れた記念に貰える無料のカードで、そのダムのスペックなどが書かれている。

キャンプしている人はもちろん、見学しているような人も誰一人いないのだが、しばらく考えた後に事務所に行ってみることにした。どういう雰囲気で事務所に行こうか迷ったが、『ダムカードを貰いに来たダムマニア』という感じで行くことにした。

入り口にはダムのパンフレットなどが置かれていた。しばらくすると、職員と思われる40歳くらいの小柄な男性が現れる。ダムカードのこととキャンプのことを聞く。しかし、男性が言うには、ダムカードはここで管理している3ダム分を渡すことができるが、いまは所長がいないのでキャンプの許可は出せない、とのこと。

ダムカードを3枚受け取り、ドヤ顔でダムサイトを後にする。ダムカードさえ貰えれば十分ってもんだ(嘘)。

もはや安波集落に戻っても仕方がないので、南を目指す。もうダムは頼りに出来ないと思った。他にもキャンプ可能なダムがいくつかあるが、所長がいるかどうかなど全然わからんので行くだけ無駄だと思った。しかし、少し遠いが道なりに走って東村というところまで行けば、2000円とクソ高いが村営キャンプ場がある。最悪、そこで寝床を確保しよう。

またまたアホみたいな、フタのない側溝のアップダウンの道をしばらく進む。ダウンだけ自転車に乗り、アップはトホダースタイルでやり過ごした。なんどかそれを繰り返すと、だんだんマシな道になってきた。県道70号線を走りきると東村だ。

17時頃、東村に到着。

東村はパイナップルが有名らしい。とってもとっても疲れ切っていたので、ここはぜひ、うまいラーメンと炒飯と餃子を腹いっぱいに食べたいと思った。

しかし、現実は厳しい。菓子パンくらいしか売っていない、しょぼい道の駅みたいな施設しか食べ物を買える所は見つけられなかった。せめて、コンビニの一軒でもあればと思ったが、コンビニは見つけられなかった。

初めはこの村のキャンプ場に行こうとしたが、この村にいるのがストレスで、とにかく名護に戻ろうと思った。名護まで戻ればネットカフェもあるし、どうにでもなる。

東のビーチ。沖縄本島は西海岸は、なだらかな地形でビーチが多いが、東海岸は崖のようになっている所が多い。

平良の交差点から国道58号線側に戻り、名護へと走ることにした。途中、日が沈んで暗くなってしまった。それよりも風が異様に強くて、前に進むのが大変だった。こっちの都合おかまいなしに、風は体力と気力をじりじり奪う。

2~3時間くらい格闘しただろうか、なんとか名護に戻ると、風は穏やかになった。海辺で休憩する。ふと思ったが、なぜ名護にはキャンプ場がないのだろう? 比較的土地に余裕があり、北部を代表する都市なのだからキャンプ場くらいあっても良さそうだが。

海辺のスタジアムのようなところの自販機脇に、堂々とゲリラキャンプしている自転車旅の人を見かけた。やっぱそうだよな。名護でキャンプしたいという人は自分以外にもいるはずだろうと思った。

夜は天気がよかったので、浜辺で星を見たりしていた。今までのことや、今後の予定を考える。

まず、ダムサイトは許可を取るのが難しいというか面倒。北部のキャンプ場は、やっぱ高くて泊まる気がしない。というか、県道70号線はもう走りたくない。しかし、ずっとネットカフェやホテル泊では予算オーバーしてしまうし、沖縄でキャンプツーリングするという趣旨が変わってしまう。

色々考えた結果、明日のフェリーで伊江島に渡ろうと思った。

伊江島は本部半島の近くにある島で、フェリーで30分程度で行けるらしい。自転車代込みで往復3000円しないくらいリーズナブルで、なにより、1泊300円のキャンプ場がある。こんなアホみたいにバカ高いキャンプ場ばかりの本島にいるより、ずっと幸せに思えた。