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キャリーバッグを転がすガラガラ音は騒音公害、使うなら転がさずに持て

画像はイメージ

住宅街のアスファルトの路面でキャリーバッグを転がすガラガラ音は凄まじいノイズである。

響き渡る「ガラガラガラ…」という音は、本人にとっては何気ないことかもしれないが、周囲にとっては騒音公害である。特に夜間や早朝の静かな時間帯に鳴り響くキャリーバッグの音は、生活のリズムを乱し、住民の苛立ちを増幅させる。本人は気づかないが、他人にとっては不快でしかないのである。

段差だらけの街で転がす意味はない

日本の都市環境は段差や狭い通路が多く、キャリーバッグを転がすこと自体が非合理的である。

駅の階段やエスカレーターでは結局持ち上げる必要があり、商店街の石畳やアスファルトの継ぎ目では車輪が引っかかり、音はさらに増幅される。つまり「転がす」という行為は利便性よりも不便を生み出す。最初から持てば済む話である。

若いやつがキャリーを転がすのは論外

体力や身体機能が衰えた高齢者ならともかく、特に異様に感じるのは若者である。

荷物の量などバックパックで十分に収まる程度なのに、わざわざキャリーバッグを選び、ガラガラ音を撒き散らしながら歩いている。体力もあるはずなのに「楽したい」という理由だけで周囲に迷惑をかけるのは論外だ。見ている側からすれば「なぜバックパックにしないのか」と疑問が浮かぶ。

騒音被害者の声「迷惑でしかない」

騒音被害者の声は厳しい。「キャリーバッグの音がうるさくて会話が途切れる」「狭い通路で転がされると邪魔で通れない」「階段で持ち上げるなら最初から持てばいいだろう」など、利用者以外の人々からは不満が噴出している。つまりキャリーバッグを転がす行為は、社会的に歓迎されていないのである。

持てば静かに移動でき、周囲に迷惑をかけない。それなのに「便利だから」と言い訳しながらガラガラ音を撒き散らすのは、自己満足でしかない。便利さに酔っているだけで、他人のことなど一切考えていないのである。

荷物減らせ、重いのは自己責任である

「持つのは重いから嫌だ」などという言葉は通用しない。荷物を減らせば済む話である。旅行者の甘えを街に押し付けるな。重いのは自己責任であり、キャリーバッグを転がすことで他人に迷惑をかける理由にはならないのである。

ガラガラ音を垂れ流すな。街も人もお前の荷物の音に付き合う義理はない。結論は明快である。キャリーバッグを使うなら持って使え。それだけである。

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九州の鉄道旅行は不便? 北海道より狭くて人口密度も高いのに鉄道が不便に感じる理由

長崎県にある西九州新幹線の新大村駅

九州は温泉、歴史的な街並み、美しい自然、そして多彩な食文化など、観光資源に恵まれた地域である。

しかし、鉄道旅行という観点から見ると、その魅力を十分に活かせていない。交通の不便さが観光体験を制限し、せっかくの資源を足を引っ張る要因になっているのだ。

主要都市間の移動がままならない

九州の中心的なターミナル駅である博多から、南九州地域の中心駅である鹿児島中央へ、九州の東側経由で青春18きっぷなどの普通列車乗り継ぎで移動しようとすると、一日で到達できないほど接続が悪い。始発から乗っても鹿児島に着くのは翌日の夕方になってしまう。

より短時間で到着できる隈本方面経由だと、JRから経営分離した肥薩おれんじ鉄道の別料金がかかるため割高感があるし、JRだけで行こうとすると途中で宿泊を余儀なくされる。

JRの普通列車乗り継ぎにおいては九州は都市間移動を前提としたダイヤが組まれていないため、普通列車乗り継ぎ派の観光客は移動の不便さを覚えてしまうことだろう。これは鉄道で九州を一周しようとした時には特に大きなネックとなる。

北海道の広さと鉄道網の合理性

北海道は九州よりも広大であるにもかかわらず、鉄道旅行はむしろ快適だ。

中心ターミナルである札幌駅から函館、稚内、網走、釧路といった各方面の主要都市へは、青春18きっぷよりも割安感のある「北海道&東日本パス」を使うこともできるし、普通列車と特急料金不要の特急を使えば、いずれの街にも当日中に到達可能である。

石北本線においては特急と所要時間と停車駅がほぼ変わらない特別快速列車もあり、広域移動を前提にした鉄道網が整備されている。広さに対応した運行形態なのが北海道の鉄道の特徴である。

西九州新幹線の中途半端さ

北海道新幹線は10年か20年後かの札幌延伸に向けて工事中だが、九州には南北に走る新幹線がすでに完成していて、博多から長崎方面に走る西九州新幹線も整備中で部分的に開業している。

西九州新幹線が整備されれば便利になるはずだが、西九州新幹線は現状では武雄温泉から長崎までの部分開業にとどまり、博多から直通できない。乗り換えが必要で、所要時間もそこまで大きく短縮されていない。新幹線という名前に期待した観光客にとっては、むしろ失望を招く存在になっている。

九州新幹線の料金の高さもネック

博多から鹿児島中央までの九州新幹線が走っているが、料金は東京から新潟までの上越新幹線よりも高い。

博多から鹿児島中央までの距離は288.9kmで、指定席を利用した場合は12,000円以上もかかる。観光客にとっては「気軽に乗れる代物ではない」という印象が強まり、移動コストが観光体験のハードルを高めている。

ちなみに、東京~新潟は333.9km、指定席で10,960円であり、本州の感覚からすると割高感を感じてしまう。

高速バスに頼らざるを得ない現実

17年前に九州各地を旅行した際、鉄道の不便さから仕方なく利用したのが高速バスのSUNQパスだった。

九州全域の高速バスが乗り放題になるこのパスは、普通列車乗り継ぎでは不便な都市間移動の利便性が高かった。鉄道が不便だから、バスに頼らざるを得ない状況が生まれていたのである。

交通が足を引っ張る構造

九州は観光資源に恵まれた地域であるにもかかわらず、青春18きっぷなどの普通列車乗り継ぎでは主要都市間の移動が難しく、鉄道旅行の不便さがその魅力を十分に活かせていない。移動そのものがストレスになる地域では、観光の楽しみも半減してしまう。

俺が九州旅行に出かける気があまり起きない理由の一つは、まさにこの「交通が足を引っ張る構造」にある。観光資源を輝かせるためには、鉄道網の利便性と料金体系の改善が不可欠だと感じている。

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虫が光に群がるのは好きでやってるわけではなく、人類による光害の被害者だった

2025年の秋に北海道で大量発生したマイマイガ

2025年の夏から秋にかけて北海道各地でマイマイガが大量発生し、街灯に群がる光景が話題となった。見た人は「蛾は光が好きなんだなぁ〜」と思いがちだが、それは科学的に見ると誤解である。彼らは光を好んでいるのではなく、人間が作った人工的な太陽に翻弄され、制御不能に陥っているのだ。

光に群がる理由は「走光性」

昆虫には光に向かう「走光性」というものがあり、蛾類は特に強くこの性質を持つ。

本来は月明かりを利用して飛行方向を調整しているが、人工的な街灯は蛾にとって「制御不能な人工太陽」となり、結果として群飛や大量集結が起こる。研究によれば、特定の波長の光がマイマイガを強く誘引することが確認されている。

彼らが街灯に群がるのは好きでやっているのではなく、人間が作り出した光環境に翻弄されている結果である。

人間社会の被害者としてのマイマイガ

街灯に群がるマイマイガを「アホな虫」と笑うのは簡単だ。しかし、科学的に見れば彼らは人間が作った人工光に翻弄される被害者である。大量発生は自然の周期的現象であり、街灯に集まるのは人間社会が作り出した光害の副作用なのだ。

マイマイガは光が好きなのではなく、人工的な光に行動を狂わされているだけである。北海道の夏に見られる大量発生は自然の周期だが、街灯に群がる姿は人間が作った環境の影響を映し出す。彼らは「アホ」ではなく、むしろ人間による被害者なのだ。