ゲーム

ゲーム

【伝説のRPG】Switchにも移植された「moon」を23年ぶりにプレイした正直な感想

絵本タッチだが難易度は超ハードボイルドな異色作

1997年にPS1でオリジナル版が発売された“伝説のRPG”とも言われる異色作「moon」を知っているだろうか?

moomがナウい現代っ子向け(?)にSwitchでまさかの完全移植がされたということで、リアル中2くらいの頃にプレイしたことを思い出しつつ、思い出補正いっぱいの中で再プレイをしてみた。

というのも、まさかのSwithで移植版が出たのである。これにはビックリ。

RPGというよりは難易度高めのアドベンチャー

ムツゴロウが元ネタのキャラとか登場人物は多彩

moonは“アンチRPG”とも言われるが、今で言うネプテューヌシリーズみたいに、ゲーム業界をメタ視点でバロディや皮肉ったりする話がストーリーの柱になっている。RPGというよりは、マップを歩きながらアイテムを集めたり、フラグを立てたり、謎を解いていくアドベンチャーゲーム。それも難しい方の。

アンチネタとして取り上げているのはドラゴンクエストの方だが、当時のスクウェア出身の人たちが独立して作った会社「ラブデリック」でmoonは生まれたという。

大手ゲーム会社で待遇はいいものの、好きなものを好きなように作れないという、大手ならではのもどかしさが原因でmoonが生まれたという。そこには大手ゲーム会社で大金を投じて組織的に作られるゲームにはない、アイデアの良さ集めのような粗削り感がある。

ゲーム業界だけでなく、1997年当時だと「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」という動物番組が人気だったが、ムツゴロウさんのパロディキャラなどキワどいキャラも色々と出でくる。

今だったらフェミニスト団体が怒り出しそうなブラックネタもゲーム中にあるが、1997年当時のゲームは今より市民権がなかったので、フェミニスト団体の目に触れることもなかったのであろう。

運要素だけのリセット必至なミニゲーム

moonの攻略は昨今のヒント満載なゲームに慣れていると苛立ちすら感じる。

プレイステーションという20数年前でいう「次世代機」で発売された比較的に新しいゲームだが、ファミコン時代のゲームを彷彿とさせる難しさがある。

ゲームクリアに必要なミニゲームも、まさにプレイヤー自身の記憶力や忍耐力を試すようなものが多い。クリアするためには、運要素しかない釣りゲームを何度もやり直したり、アダーとかいうプレイヤー自身が試される神様試練もクリアーしないとならない。

Swith版もゲーム内容的には完全移植なので今風に難易度が緩くなっていたりしないし、絵画風の画面とは裏腹の難易度なのがmoonだ。

ゲーム時間をリアルに過ごすmoonの世界

序盤の拠点となるおばあちゃんの家

後のシェンムーとかもそうだが、moonの登場人物はmoonの中で流れている時間に沿って生活をしている。

王様と話しをしようと城に向かっても、早い時間は鳥に餌をあげて話ができなかったり、真夜中まで待機してイベントのフラグを立てたりする。リアル時間としても何分も同じ場所で「じっと」待っていないとストーリーが薦められないのだ。

今どきのソシャゲみたいにスタミナを使って時間短借とかはできない。1997年当時としてはリアル時間を消費するという斬新なゲームスタイルだったかもしれないけど、今だとこのスタイルは・・・正直、微妙だろう。

歩いているだけで死ぬ主人公w

moonの攻略上で超重要なのか主人公は歩いているだけで時間経過によって死ぬということ。普通にゲームオーバーになる。

初見プレイで2分くらい放置していたら、何もない場所でゲームオーバーになってタイトル画面に戻されて、何が起こったのかと唖然としてしまったことがある。

主人公はモンスターの魂を回収していくことで、行動時間を延ばしていくことができるのだが、物語終盤に進むための必須条件となっている。

昔も今も、やっぱクリアできないけどストーリー考察

序盤の雰囲気はいいんだけどねぇ・・・

難易度というよりも、歩く速度は遅いわ、ダッシュないわ、ゲームで何もせずにリアル時間で数分以上も浪費できるほど暇じゃないわで、このゲームはクリアできないしクリアする気が起きない。

プレイ動画なんかでエンディングを見ると、トゥルーエンディングのオチは「ゲームなんてやめなさい」で、やはり1997年の時代背景を感じる。2021年の今はゲーム業界は色々な問題はあるにしても、先行き明るいであろう成長産業でビッグビジネス。

だが、当時はゲーム業界に対してネガティブなイメージが強かったのだ。新型コロナウイルスで「家に引きこもってゲームをやりましょう」とかWHOかどっかの団体が言ってる昨今とは違う。当時はゲーム=悪者扱いだったのだ。

まぁ、今のリアル中2くらいの人でゲームに入り浸っていたら、大人として「ゲームなんてやめなさい」って思う。子供時代の、まして人生で一度しかない青春時代の貴重な時間をゲームなんかで無駄にするのは好ましくないから。世の中にはゲームより楽しいものが山ほどある! と23年前にプレイしたイイ歳した大人は思うのだ。

真面目に考察しても、仕様書もなしに作ったゲームはエンディングも締まらないよね、と思ってしまう。

1997年に発売されたオリジナル版を発売日付近に買ったのだが、その時点で攻略本の案内チラシがゲームソフト本体に同梱されていた気がする。今風に言うとノーヒントだとかなり無理ゲーなのだ。

ゲーム内のヒントが少なくて、モノによっては“ヒントなんかどこにもないんじゃないか?”というような謎解きが数多くある。謎解きというか、主人公の行動できる時間が過ぎられているというのに、色々な箇所で“待ち”をしないと攻略できないようになっているからだ。

今でこそ気軽に攻略サイトやプレイ動画などを見ることができるが、1997年当時はそんなもの一切なかったのである。当時もクリアできなかったし、今もクリアするモチベーションがわかなくてクリアができない。

戦闘はないので強い敵とかはいないけど、謎解き要素やアクション要素もあって、難しいゲームを頑張ってクリアするのが好きな人向けかと・・・。

PS1オリジナル版はプレミア価格

1997年当時はゲーム雑誌の付録に体験版を付いていたり、田舎の方のゲーム屋でも売っていたりと、割と注目タイトルとして売れていた気がする。田舎の方の学校でもクラスに割と持っている人がいたりした。その後に廉価版が発売されたりと出玉は割と多いはずなのだが、何でだか中古市場ではプレミア価格になっている。

と思ったが、Swithに移植版が出たせいで下落したのか、まぁまぁ妥当な値段になりつつある。

プレミア価格だったのは、PS3やPS4など新し目のゲーム機でプレイできるゲームアーカイブスという配信サービスに対応していないというのが要因だろう。

moonは先に述べたように見た目とは裏腹に、人を選ぶ難易度の高い癖のあるゲームだが、プレイ動画などを見てプレイしてみたくなる人の需要などでプレミア価格になったのかもしれない。

ちなみに、PS2だとかPS1のソフトが動くゲーム機でも、本物のPS1じゃないとシーンによって不具合が出るらしい。エミュ系でも不具合が出たり出なかったりだとか。

『たけしの挑戦状』に近い気もする

moonはバカゲー、クソゲーとして伝説に残るファミコンソフト『たけしの挑戦状』に近い気もする。もしかしたら、制作者は心のどこかで『たけしの挑戦状』をオマージュしていたのかもしれない。

共通点としては、理不尽な難易度、少ないヒント、存在しないヒント、日常を抜け出して不条理な世界に旅立つこと。

『たけしの挑戦状』は日本でアイテムを手に入れたりスキルを身に付けたうえで、リアル時間で1時間も宝の地図を日光にさらし、南の島にハンググライダーで旅立つ。moonはラブと必要なアイテムを集めてロケットを開発して月へと旅立つ。どちらのゲームも道中、不条理なほど難しいミニゲームをクリアしないとならない。なんとなく設定が似ている。

エンディングのメッセージも、鬼難易度の道中の割にプレイヤーを小馬鹿にしてあっさり終わるあたり、どことなくテイストが似ている。

たけしの挑戦状→こんなげーむにまじになっちゃってどうするの

moon→ゲームなんかやめて早く寝なさい。引き籠ってないで扉を開けて外に出ようよ

サウンドトラックもプレミア価格

moonはゲームソフト本体はもちろん、ゲーム内のBGMである「MD (Moon Disc)」の楽曲を収録したサウンドトラックは数万円のプレミアとなっているのだ。確かにMDは当時にしても今にしても、ゲーム音楽の枠を超えた音楽性の広さで、広く音楽ファンに売れ入れられるのがわかる。

このサウンドトラックも、Switch版の移植に合わせて新調された。「EX-PO ’97 In memoriam the moondays」というタイトルで受注生産だったらしい。一般的なCDの値段ではないけども。いや、普通に音楽として優れているから、ダウンロード販売とかして欲しいって思うんだけど!

ゲーム

PS派だし今さら人に聞けないので Nintendo Switchのことをこっそり調べてみたwww

任天堂のゲーム機と言えば、リアルガチ小学生からリアル中2くらいまでファミコンやスーパーファミコンで遊んでいたものの、その後はPS派になり、はるか昔に任天堂離れをしている筆者。

とは言え、PS5が完全に日本市場を捨てたようにも感じられ、PS4で十分じゃね(FF15みたいなクソロードが長いクソゲーを除けば)という複雑な状況もある。

プラットフォームをPS陣営からSwichにまさに“スイッチ”している大手ゲームメーカーも散見されることから、PS界隈の風向きが怪しくなりつつある現状もあり、いつか自分もSwichにまさかの“スイッチ”する未来を想定しつつ、Swichがどんなものなのかこっそりリサーチしてみた。

なお、全くSwichを知らない人間の独自調査なので、突っ込みどころや間違っている部分もあるかもしれないが生ぬるい目でご容赦をw

Swichは据え置き機としても携帯機としても使える!!

なんかそんな気はしていたが、これはPS4ユーザーからしたら普通に凄い。とてもじゃないがPS4を携帯機として持ち歩いて使うのは常識的には無理だからだ。

最近はPS4とSwichのマルチプラットフォームのゲームタイトルも結構あるが、PS4クオリティのゲームを携帯機で同じようにプレイできるというのは凄い。それだけでもスイッチしたくなる。

調べたらSwichはハードウェア的にはCPUがスマホなどでも使われているARM系で、省電力性能が高いから携帯機としても使えるのだろう。高性能だけど、廃熱でファンがブンブン常時回っているPS4とは根本が違うということだ。

通常のSwichと携帯専用のSwich Liteがある

据え置き機としてTVやモニターに繋いで使うことも、携帯機としても使える通常のSwitchの他に、より小型化や軽量化して価格を抑えた携帯専用のSwich Liteというのがある。スマホゲームに慣れている人など、携帯機として割り切ってゲームをしたい人には、確かに据え置き機としての機能はいらない気もするので、こういう選択肢があるのは良いことだ。

現行のゲームハードとしては携帯機がそもそも珍しいし、PS4並みの高性能を小型なボディで持ち運べるのは羨ましい。

値段は通常のSwichで3万円~くらい。

携帯専用のSwitch Liteで実売2万円くらいと、PS4並みの高スペックなゲームを持ち運んでやれるのなら、かなりの割安感がある。ただ、携帯モードだとプレイできないゲームなんかもあったするらしい。コントローラを振り回す(?)ようなやつだとか・・・。

まぁ、PS4にもリモートプレイと言ってスマホやタブレットに画面を転送してプレイする機能があるけど、ネットワーク環境がガチじゃないとプレイできたもんじゃないので、現行の高性能な携帯ゲーム機としてはSwitch Lite一択と言っても良いのではないか。

記録メディアはメモリーカード系の媒体

何気にSwitchを調べようと思ったのは「Switchって記録メディアは何使ってんだろ?」という疑問からだった。

携帯機でBlu-rayは有り得ないだろうし、DVD-ROMとかも含めて光ディスク系はない気がしたけど、メモリーカード系の独自メディア(?)だった。今どきのゲーム機らしく、無線LANでネットワークに繋いだり、ダウンロードもできるだろうから、故障やトラブルが起きやすい光ディスク系はチョイスしないだろう。

ゲーム

【PS4】ペルソナ5のレビュー。自由度が高そうでも実際は長すぎる一本道の単調RPGだった

2016年にアトラスから発売された「ペルソナ5(無印、オリジナル版)」のネタバレあり、主観かつ個人的なゲームレビュー。二度と再プレイする気はないので、ほぼ個人の日記的なゲーム記録。発売時期的にPS3版とPS4版があるが内容は同じでPS4の方がグラフィックが良いだけの違いらしい。

ペルソナシリーズは歴史のあるタイトルだが、派生元の女神転生シリーズ含めて初プレイだった。なんとなく“昔のコンピューターゲーム”的な難易度の高さやマニアックな要素を感じていたが、実際、割とそうだった。

ペルソナ5はその後に「ペルソナ5 ザ・ロイヤル」というタイトルでプレイ環境を改善したり、追加要素を含む完全版的なものがフルプライスで発売されているが、本ページで扱うのは記事執筆時で中古1,000円くらいで買えるオリジナル版である。お金に余裕があればロイヤルを薦める。

なお、このゲームは大したストーリーでもない(現実っぽい世界観でご都合主義全開のファンタジーフィクション)が、ネタバレ防止のためかPS4の公式機能であるキャプチャが無効にされているため、別途キャプチャ機材もあるのだが、一応キャプチャ画像は無しとなる。

平均クリア時間は100時間以上。長すぎるせいで飽きる

RPGというのはそれなりにクリアまでに時間がかかるのはゲームジャンル。しかし、FF7をはじめとして、世の中の名作とされるRPGは普通にクリアするために必要な時間は30時間~40時間程度のことが多い。FF15というスクエニが10年かけて大金を投じて作ったクソゲーは20時間でクリアできたが、クソゲーでも20時間でクリアできれば良心的というもの。言いたいことはFF15クラスだったら20時間、FF7クラスでさえも、せいぜい50時間くらいまでにクリアできた方がまとまりが良いということだ。

ペルソナ5のクリア時間はネットで検索すると平均すると100時間以上と言える。筆者は途中でストーリーはつまらないし、ダンジョンは長すぎて面倒だし、オマケにそれなりに戦ってレベルを上げているはずなのに敵が強いという3重苦もあり、攻略サイトに載っていた自動戦闘を使ってレベルを上げた。最初は24時間くらい稼働させたら、10くらいレベルが上がったが、ある程度のレベルになると自動戦闘ではレベルがほとんど上がらなくなってやめた。

やり込みやトロフィーコンプではなくて、普通に急ぎ目にプレイするだけで100時間以上もかかるのだ。これはRPGの中でもかなり長い方だろう。50時間以上かかるものは、相当にゲームシステムやキャラクター、音楽、バトルなど、全ての要素に魅力がないと、どうしても飽きてくる。

最序盤のカモシダパレスが楽しさのピーク

筆者は最初に挑むことになるカモシダパレスというダンジョンをクリアした当たりから疲労感を覚えた。主人公たちが通う高校の暴力教師らしい。今の若いヤングはわからないかもしれないが、昭和や平成初期ではどこの学校にも校内暴力をするクソ教師がいたので、その時代の出来事がネタ元だろう。

カモシダのストーリーはネタとしてよく作り込まれていた。校内でモブキャラから情報収集したり、学園モノのRPGらしい雰囲気があった。カモシダ以降だとほとんど校内をうろつく必要がなくなって、学園モノであることも忘れてしまうのだが、どうして学園モノなのにプレイ時間の1割にあたる最初の10時間だけが学園モノなのだろうか。

ゲームクリアした今になって思うと、最序盤であるカモシダパレスが楽しさのピークであった。学校が舞台なのに、学校の中でストーリー上の情報収集をする場面は、この100時間にも渡るゲーム中にカモシダパレス攻略の時だけであったと思う。トイレの中にまで入れるくらい学校内は自由に散策できるというのに、最序盤のダンジョンでしか校内を散策したり、校内にいるモブキャラと絡む機会がなかった。

単に成功している無関係の他人に喧嘩売るストーリー

カモシダパレスを10時間くらいかけてクリアすると、今度は主人公たちが気に入らない大人を懲らしめる行為を行うようになる。

主人公たちは訳ありの社会のはみ出し者として描かれる。そういう設定があるのだが、それにしてもストーリーの押し付けが凄い。カモシダ以降はあまりにもストーリーがアレなので、スキップをしながら進めたので正確な所はわからないが、テレビのニュースだとか人から聞いたとかのレベルで気に入らないアカの他人を怪盗行為のターゲットにしていく。

現実社会のビジネスで成功している人は、他人を利用したり、あらゆる手を使う。会社の経営者は自分たちのビジネスを手伝わせるために従業員を雇うし、その従業員はバイトや派遣社員などの非正規労働者を利用して経営者から評価されようとする。これが一般社会のごくありふれた仕組みだ。そういった仕組みで社会が成り立っているが、そういったごくありふれた仕組みをネタにしている話が多い。

主人公やパーティーメンバーは東京の高校に通う生徒だが、高校生以上の人がプレイすると、主人公たちの小学生や中学生レベルの思考なのが鼻に着くことだろう。ただの反抗期の子供だからだ。筆者が高校に通っていたのは遥か昔(15年以上前)のため、どうしても感情移入しにくい。ファンタジーものなら少年や青年や主人公でも感情移入できるが、ペルソナ5の場合は日中は学校で過ごし、放課後には渋谷や新宿に出かけたりとか、現実に近い学園生活を送らなくてはならないが、さして楽しくもなかったリアル学生生活をフラッシュバックすることもあって、余計に楽しく感じられなかった。

成功している大人を改心させる?

ストーリーの共感できない部分はこれだ。長ったらしくて、ストーリーやシステム上で何度も行き来しないとならないダンジョンの主は、大体は金持ちや何等かの分野で成功していて、主人公たちに目を付けられた大人だ。

まぁ、確かに世の中には悪い大人も当然いるだろう。しかし、100時間もプレイしないとならないRPGの題材としては動機付けがイマイチ過ぎる。これからエリートになるべくして進学校に通う高校生よりは、世間知らずの小学生や田舎の中学生が主人公ならまだわかる。

パーティーキャラがイベントで「命よりお金が大事なの?!」と叫ぶようにシーンがあるが、現代社会で生活していくにはお金が絶対に必要だ。お金と命は道東に大事だと言えるが、高校生くらいにもなれば普通は気づくような気もする。パーティーキャラ達が中2病どころか、高校生のふりをした小学生に思えてならない。

主人公やパーティーメンバーはクセがある

主人公やパーティーメンバーは怪盗として放課後や休日に活動をする。この設定からして子供向けというか、名探偵コナンやルパン3世のようなものを連想するのだが、それらの幅広い層に受けられている作品と比べて、万人向けとは言えない描写が目立つ。

主人公は訳ありで前科者のような青年なのだが、その周りのメンバーは都心の進学校なのに金髪だったり、いかにもヤンキーだったり訳ありのメンツばかりだ。TPOも考えずに高級ホテルのビュッフェに行き、そこにいる大人に悪口を言われて、「大人に逆らおう」「成功している大物にケチを付けよう」というのがカモシダパレスの次のストーリー。美術館みたいな所の話で、バカ殿様みたいな恰好していたボスが印象的だった。最近プレイしたばかりなのにプレイ時間が長すぎて詳細は忘れた。

カモシダ、美術館でエネルギー切れ?

クリアした今に思えば、カモシダと美術館の話でスタッフのネタが集中していたのだと思う。美術館以降はストーリーがより陳腐なものになり、何の話だったか全く覚えていない。

プレイしている方も長すぎるRPGは疲れるが、作っている側もネタが切れてくるのだろう。バカゲーやギャグゲーなどでもよくあるが、最初の頃は面白いものの、段々とネタ切れというか息切れしてくるのだ。味のしないガムを噛んでいるので3つ目のダンジョン以降だ。

女神転生やペルソナシリーズはダンジョンの攻略がメインのゲームの気がしている。過去の作品を調べても、古くはファミコン時代のウィザードリィを参考にして作られていたとも聞くし、ダンジョンが果てしなく長くて、ギミックだらけなのもそういう系統のゲームだからだろう。プレイ時間の半分以上はダンジョン攻略だ。

パレスとメメントス

ペルソナ5のダンジョンには2つのタイプがある。

一つはカモシダパレスに代表される「なんとかパレス」という長くてギミックだらけのダンジョン。FFやドラクエなど一般的なRPGのラストダンジョンクラスの一番面倒なダンジョンを6倍くらい面倒で長くしたものをイメージすると良いだろう。ゲーム内時間でも数日がかりで攻略するし、まともな社会人だったらリアル時間でも一つのダンジョンでさえ数日かがりとなるだろう。

もう一つのダンジョンはミッションという、いわゆるサブクエスト的なターゲットがいるメメントスという自動生成ダンジョンである。

メメントスは自動的的にプログラムで生成されるダンジョンだが、1つのエリアが10階層程度あり、どこのフロアも似たような作り。行き止まりの道が10~20くらいあって、そのうちの一つが次の階層に降りられる道となっている。敵キャラを避けながら総当たりで道を進んでいくのだ。なんというか、今のお手軽スマホゲー時代もあるが、古臭いダンジョンというしかない。

それぞれのフロアには別途ターゲットと言われるボスキャラがいる。このターゲットになる人たちは街のコンビニの店長だったり、学校でトラブルを起こした生徒だったり、まさに他人同士の厄介ごとに首を突っ込む話ばかりだ。

なんとメメントスの最下層にラスボスがいる

この時代遅れで面倒なだけのメメントス。プレイ中に味方キャラ同士が会話する時があるが、そのセリフでも「どこまで続くんだ?」みたいな話が出てくるけど、メメントスは本当にクソダンジョンである。

上でサブストーリーの舞台になると書いたが、実はそうでもない。こんなに面倒なダンジョンなら放置しておいてもよさそうだが、クリアするためには絶対に攻略しないとならないのだ。最終盤までメインストーリーを進めるとメメントスを強制的に最下層まで進めないとならなくなる。なぜならラスボスがいるのがメメントスの最下層だからだ。

それぞれの厄介ごとのターゲットたちも後述の「コープ」というシステムで戦闘を有利にするためには進めないとならなくて、メメントスの攻略は避けて通れないのだ。

味方キャラは大勢いるけどコープ(協力)システムが面倒

コープというのは生協のことではなくて、バトルを有利に進めるためには、ストーリージョンで仲間になるキャラや、仲間にはならないが街中で知り合ったりできるキャラと親密度を上げて行かないとならない。FFなど普通のRPGで言うと、アビリティみたいなものと思えばよいだろう。

コープはかなり面倒だ。武器や回復アイテムが割と高いのだが、序盤~中盤くらいまではお金不足に陥る。コープを進めて行くにもキャラによっては10万円のアイテム購入が必要だったり、ゲーム内時間の関係で、スケジュールを考えて行動しないとならないからだ。

しかも、キャラによっては攻略サイトを見ないと知り合うことすらできない場合もある。そういったキャラに限って、使いどころが微妙な銃を強化したり、攻略を大幅に楽にするというのに不親切だ。

ペルソナ5はレベル上げでも難易度を下げれば適正レベルで普通にクリアできるが、高難易度だとコープが重要になってくると思う。面倒臭いし、リアル時間の無駄なのでやり込みするつもりはないが。

女性キャラと恋愛要素もあるがイマイチ萌えない

ペルソナシリーズの恒例らしいが、コープの対象キャラで女性だと恋愛関係に発展させることができる。オリジナル版だと最大で9人まで恋人にできるのだが、コープをMAXまで進めないとならず、かなりのやり込み要素が必要。普通に初見プレイだとまずMAXには届かない。

しかし、肝心な点だが男性も女性も、あまり魅力的なキャラがいなくてコープ自体が面倒な作業でしかなかった。コープはバトルでのアビリティ的なものなので、面倒な作業を進めないとバトルが苦痛でしかなくなるので苦痛ループである。

UIがオシャレと言うけど飽きてくる

このゲームのプレイ動画とかがネットに上がっていたら見て欲しいが、ゲーム中のUI(インターフェース)のデザインは特徴的だ。

まるで若者向けのオシャレな雑誌や、何かの流行アニメのデザインを取り入れたようなUIが全編に渡って使われる。バトルの後だとか、ことあるごとにアニメーションするのだけど、これのせいで画面の切り替えが遅かったり、何百何千回と見るうちに「またかよ・・・」と飽きてくる。

これに限らないが、オシャレというのはさりげなく見せるからオシャレなのである。これでは香水をプンプンさせているだけの臭い人でしかない。

ちなみ、「ペルソナ5 ザ・ロイヤル」だと戦闘終了のアニメーション周りがスムーズに改善されているという。いやいや、まともなゲームだとパッチで無料対応するのではと改心させたくなる。XBOX360のロストオデッセイも、今思うとバトルの始まりや終わりの演出が拘っているぶん長かったが、ロストオデッセイはそこまでプレイ時間がかからなかったり、ストーリーの先を見たくなるような作りだった。

フィクションとご都合主義のストーリー

ペルソナ5はファンの間でもストーリーに関しては疑問符を打つ人が一定数いる。

筆者もせっかくクリアしたのでストーリー考察をしてみようと思ったけど、ほぼFF13(奇跡が起こって解決)と同じなので考察は辞めた。東京を舞台にしながらも、架空の世界で悪魔だのシャドウだの、猫が喋れたり色々するファンタジー世界で、最終版のトリックが妥当だとか妥当じゃないとかを考えても仕方ないと思ったのだ。

100時間プレイしてもペルソナ5のストーリーは全く共感もできず、理解もできなかった。怪盗ものだからトリックっぽい話を作ろうとしたのだろうけど、いくらでも突っ込みできる程度というか、奇跡が起こったレベルのトリックでしかないと思った。

バトルはエフェクトは派手だが、中身は地味なものが多い

ペルソナシリーズは初めてプレイしたが、意外だったのはペルソナというのはFFシリーズで言う召喚獣のようなものではなくて、マテリア的な装備品であることだった。そのペルソナを装備すると、特定の魔法が使えたり、なんらかの特殊効果があったりする。

ゲーム終盤になっても画面のエフェクトこそ派手でも、どうもFFシリーズでありがちなバハムートみたいな爽快感ある大技がなくて、全体魔法の威力も通常プレイではそこまで上がらず、ザコ敵相手でもボスでもチマチマ倒さないとならない。

ラスボスは硬くて、ほほワンパターンの攻撃なのでこちらの体力さえ気にかけていれば負けることはないものの、倒すのに時間がかかって嫌だった。バハムート的な償還魔法があれば・・・と思ったが、ペルソナは召喚できないようだった。撃破後のイベントでは出てくるけど、ああいうのをバトル中に自由に使いたかった。

バトル中の画面やメニュー画面にどもエフェクトが派手で本当に目が疲れる。オシャレなUIが災いしているのだ。地味なUIに切り替えられれば良かった。長時間のPC仕事よりも疲れて、数時間もプレイすると眼精疲労になってしまう。目薬を差しながらとか、頭痛薬を飲みながらプレイするのは我ながら辛かった。しかし、全くプレイできないほど酷いゲームではなく、ゲームシステム部分は作り込まれているので、ハマってしまうと辞めるタイミングがわからなくなる。

ストーリーはゲームの中でも架空の世界ほ行き来するので、エジプトになったりハワイになった宇宙基地になったり、ハチャメチャだが、序盤で仲間になるモルガナが何者なのかなど、微妙に先が気になる要素というのもあった。

オープニング付近は作り込まれている

ペルソナ5のゲーム開始直後はよく作り込まれている。ゲーム終盤付近の一コマを先に見せられていて、その後に回想シーンとして本編が始まる仕組みなのだが、ゲーム中でも一番絵になる場所が選ばれている。

ただ、残念なことにオープニング付近の場所が本当に一番盛り上がる場所なので、それ以上に盛り上がる場所がない。

息切れでラストダンジョン付近は悲惨

ゲームが長すぎて中盤くらいの記憶は何もないし、途中に加わったアラレちゃんみたいな人もあまり好きじゃなかったが、ラスボスに対峙するために向かうダンジョンは、いかにもスタッフが息切れしているかのようだった。

普通のRPGだったらラストダンジョンともなると壮大な規模だったりするのだが、ペルソナ5の場合はそこに辿り着くまでのメメトスというクソダンジョンを別にすれば、それまでに挑んできた〇〇パレスに比べると、ギミックも床を踏んで色を変えるだけだったり、ネタが出てこなかったのか、最後くらい簡単にしようという配慮なのか、肩透かしを食らった感じだった。

ラスボスも適正レベルまで育てていれば硬いだけでそれほど強くないし、きちんとペルソナを育成していたりすると超弱い気もする。

「今日はもう寝ようぜ」ばかりで自由度がない

ペルソナ5は東京を舞台にしていて、渋谷や新宿、お台場など東京近辺のスポットに行き来できるようになっている。

街によってはコープキャラとのイベントの時だけ行けたり1枚絵だけだったりもするが、渋谷や新宿、秋葉原などは街を散策したりできるようになっていて、地方に住んでいる人なら東京観光気分にもなるかもしれない。逆に東京に詳しい人だと微妙に感じるかもしれない。

しかし、この一見すると自由行動が楽しめそうに思えるシステムも、例のモルガナというクソ猫に事あるごとに「今日はもう寝ようぜ」とか「今日はやめとこうぜ」と言われて外出できないことも多い。ゲーム中は平日だと放課後、夜というように行動回数が制限されているのだ。メインストーリーの合間で自由に街の散策ができる龍が如くシリーズとは似てるようで全く違う。

クレープ屋に行こうとすれば「お前はクレープって柄じゃないだろw」とクソ猫に言われて終了。店に入ろうとしても「寄り道してる場合じゃないだろw」とクソ猫に言われて終了。自由に行動しようとすればクソ猫縛りで雁字搦めなのだ。

クソ猫に止められない施設で何かをすると時間が経過して自室に戻らされて「もう寝ようぜ」と一日が強制終了する。作中ではちっとも自由度を感じなかった。毎日毎日入る画面切り替えの際の細かなアニメーションで、妙にもっさりしている。

散策シーンでは前述のコープキャラとのイベントを進めて行く必要があるのだが、初回プレイだと何をしていいかよくわからなくて、逆に時間を持て余すことにもなる。コープキャラとの親密度さはバトンなど攻略の有利不利にかなり関わるため、優先的に親密さを上げた方がいいキャラが何人かいるのだが、所見ではわからず。後半くらいになって慌てて親密度を上げようにも、行動回数が限られているから中途半端にエンディングを迎えてしまうのだ。

日常生活にしろ、コープにしろ、面倒なだけで、自由度が高いように見えても一本道に感じてしまうゲームデザインだった。

結論 長く感じる=つまらないということ

極論すると、ペルソナ5はつまらない長いだけのクソゲーだった。

通常戦闘でボーカル曲が流れるのは斬新だったが、何千回も聴くと飽きてしまうので通常戦闘でボーカル曲はやめた方がいいと思う。FF7とかだって、ストーリーの段階ごとにフィールドの曲も変わるし、どんなに良い曲だろうと何千回も聴くと飽きる。

せっかく学校生活があったり、現実の街を模倣したようなマップもあるのだが、事あるごとに主人公に付き添っている猫のようなキャラが「今日はもう寝ようぜ」「疲れている時に勉強しても見に付かないぜ」とか行ってきて好きなように街の探索ができない。

アトラスはセガの子会社だけど、龍が如くシリーズみたいには自由に散策というのができない。味方キャラとの友好度を高めるコープというシステムがあるが、これも色々な縛りで思ったように上げられないし、色々できる割りらすごく一本道のRPGも思える。

ダンジョンも1つ目以降はみんな似たような進め方で、ただただめんどい。長いだけでつまらない。あくまでも筆者の感想でしかないが、ちょっと都会の高校生活を背伸びして体験してみたい小中学生とかがやると違った感想になるのかなぁとも思った。

余談1 龍が如く7はペルソナ5の影響を受けている

アトラスがセガの子会社だというのは後になって知ったが、龍が如くはドラクエというよりペルソナ5っぽいと思った。バトルや人間力とかすごく似ている。もちろん、向こうは良い部分だけ取り入れて、まとめ直しているので評価できる作品になっている。

余談2 ゲームクリアに100時間かけるよりアニメ

ペルソナ5はアニメ化されている。

ゲームのストーリーに沿ってダイジェスト的にゲームよりは短時間で見れるので、時間を大切にしたい人にはオススメ。UNEXTで配信している。