WEB制作

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Figma依存で業務が止まる「バックアップゼロ」という日本企業の笑えるほど無防備な運用体制

画像はホタテの浜焼き(記事と関係ありません)

FigmaはSaaSである以上、サービス停止やデータ消失のリスクが隣り合わせだ。

実際、過去には小規模な障害が複数回発生している。それにもかかわらず、運用を担当者に丸投げしている企業ほどローカルバックアップするルールすら存在しない。

まだ事故が起きていないという奇跡によって成立している危うい運用体制だが、普通に大手企業のWeb運用の現場でよく見かける風景である。

責任転嫁で成立している危うい前提

「障害が起きたらどうするのか」という問いに対して、「Figmaが直すであろう」という反応が返ってくる時点で、責任の所在は完全に外部に転嫁されている。

そもそも、英語の利用規約を一度でも読んだことがあるのかすら怪しい。いや、100%ないだろう。

利用規約を確認すれば明白であるが、SaaSは免責が前提であり、復旧の保証も損害補償も限定的である。それにもかかわらず「なんとかしてくれるはずだ」という期待で業務を回している状況は、リスク管理ではなく思考停止に近い。

大手企業でも崩壊している実務レベルの管理

問題はこの種の運用が中小企業に限らない点である。

日本の大手企業においても、ガバナンスや内部統制を掲げながら、実務では「バックアップポリシーが存在しない」という状態が放置されている。形式だけ整え、実態が伴っていない典型例であり、管理体制そのものが空洞化している。

最低限すら実装されないバックアップ運用

本来、SaaSを利用するならば「可用性は高いがゼロではない」「データの最終責任は自社にある」という前提で設計すべきである。

定期的なエクスポート、バージョンのスナップショット保存、障害時の代替フローの定義といった基本動作は最低限必要である。

しかし、現実にはそれらすら実装されていないケースが多い。

ここで典型的なやり取りを挙げる。

デザイナー「Figmaのファイル、バックアップ取っておいた方がいいですか?」
上司「クラウドだし不要でしょ」
デザイナー「でも消えたら困りますよね」
上司「そのときは復旧してもらえばいいよ」
デザイナー「誰に?」
上司「……Figma?」

この時点で、誰も具体的な障害対策をしていないことが露呈する。結果として、障害発生時に業務が完全停止する。これは想定外の事故ではなく、準備不足がそのまま表面化しただけである。

実際に起きている障害とその現実

Figmaは高い可用性を前提に設計されているが、それでも過去に複数回の障害が発生している。

2022年前後には一部ユーザーでファイルが読み込めない、またはアクセス不能になる事象が報告され、作業が一時停止したケースがある。

さらに2023年前後にもログイン障害やパフォーマンス低下が発生し、編集作業が実質的に進まない時間帯が生じた。いずれも長期停止ではないが、「業務時間中に使えない」という一点だけで見れば十分に致命的である。

こうした障害時、多くの現場では「復旧を待つ」以外の選択肢が存在しない。ローカルにエクスポートされたデータもなく、代替手段も定義されていないため、障害が発生した瞬間に業務が停止する構造になっている。

短時間で復旧した場合でも、それは運が良かっただけであり、運用の正しさを示すものではない。それにもかかわらず見直しが行われないまま同じ状態が維持され、次の障害時に同じ問題が再現される。この循環こそが、最も現実的なリスクである。

運用体制そのものの問題

これはツールの問題ではない。運用設計の問題である。

クラウドは利便性を提供するが、責任までは引き受けない。この前提を無視した運用は、いずれ確実に破綻する。

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バナー作成で困ったら「写真を敷き詰めておけばOK」という下らないデザインの極論

適当に画像を敷き詰めて中央に文字置けば上質なデザインに見える(よね?)

世界中にバナーのデザインに悩む人間が推定15億人いるという前提に立つと、あらゆるバナーデザインに関する問題は、もはや個人のセンスや経験の話では収まらず、構造的に発生し続けている地球規模の課題として捉える必要がある。

制作環境、時間制約、意思決定プロセスの歪みが重なった多くの現場で「とりあえず成立させる手段」として、写真の敷き詰めが最適解であることを伝えたい。

なぜ15億人がバナー制作で同じ結論に辿り着くのか

本気で敷き詰めれば真面目にデザインしたように見えるから不思議

バナー制作において最も負荷がかかるのは、情報の優先順位付けと視線誘導の設計である。バナーデザインというのは、簡単そうで実は奥が深い。

なぜなら、バナーデザインはPhotoshopなどのツール使いこなしが必須なのはもちろん、明確な正解がなく、関係者の意図やビジネス要件によって、完成基準が揺らぎ続ける領域であるからだ。

そのため、判断コストを回避する手段として「面倒だから全部見せる」という選択がされる。提供された写真、もしくは使えそうな素材を敷き詰めるだけで、最低限の視覚的密度とビジネス性が担保されるため、多くの人間が最終的に同じ逃げ道に収束する。

この極論が持つ実務的な効用(実体験ベース)

この手法は美術的な意味でのデザインを放棄している一方で、破綻しにくいという特性を持つ。

個々の写真のクオリティが一定以上であれば、レイアウトに強い意図がなくても全体として「それっぽく」見える。

特にECサイトや商品点数の多い広告では、一覧性そのものが価値となるため、敷き詰めは一定の合理性を持つ。15億人のうち相当数が、この効用を理由に選択していると考えられる。

バナーデザインが持つ本質的な下らなさの正体

バナーというものは、生まれながらに「消費されるために作られる」運命を背負っている。

どれだけ真面目にデザインしても、発注者がデザインの意図を真に理解することはほぼない。判断基準は論理ではなく感覚的な「好き嫌い」であり、視線誘導や構成理論は「なんか地味」「もっと派手に」「青い(赤い)方が好き」といった曖昧な言葉で切り捨てられる。

そして、その背景にあるのは、デザイナーは多くの場合、ただの使い捨ての下請け仕事であったり、代替可能な作業要員である点に尽きる。契約が切れれば、どれほど緻密に設計されたバナーも宙に浮く。努力は成果として扱われず、労力だけが消費される。

つまり、バナー制作とは「理解されない知性を一時的に形にする行為」であり、真面目にやるほど虚無が増すのだ。

それでも作る理由があるとすれば、下らなさを自覚した上で、なお秩序を設計する。その矛盾を飲み込むことこそが、デザインという職能の本質的な美学である。

15億人に共通する構造的な問題

この状況の背景には、デザイン判断をデザイナー個人に押し付ける組織構造という問題がある。

明確なコンセプトやKPIが共有されていない場合、デザイン制作担当者は安全策として情報を増やす方向に動く。その最も簡単な手段が「敷き詰め」である。

つまり、この極論はデザイナーの怠慢ではなく、意思決定の不在が生んだ帰結といえる。

敷き詰めは悲劇が生んだ最良の逃げ道

無能に思える敷き詰め攻撃も極めればアートになる

現場が崩壊していて、完全な設計が成立しない状況でも、最低限の秩序を作ることはできる。

視線の起点を一つだけ決める、写真のトーンを揃える、テキスト領域に余白を確保する。この程度の操作でも、単なる羅列は「意図のある配置」へと変わる。高度なデザイン理論を全員が実装する必要はないが、無秩序を放置しない姿勢だけは共有できるはずだ。

世界中に推定15億人の悩み手がいるという前提は極端に思えるかもしれないが、実務の現場で同じ混乱が繰り返されている事実を考えれば、あながち誇張とも言い切れない。

そして実際のところ、多くの制作会社のバナー制作マニュアルには“写真の敷き詰め”がテンプレートとして存在し、効率化の名のもとに正式な手順としてマニュアル化されている。

つまり、これは悲劇の産物であり、同時に現場が生み出した最も合理的なサバイバル手法でもあるのだ。

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ECサイトのWeb制作現場がブラック化する根本的な理由 ~崩壊を繰り返す運用地獄の構造~

Web制作という仕事自体がブラック寄りだが、ECサイトのWeb制作は特にブラックである。

ECサイトは作って終わりではない。更新と修正と差し替えが延々と続き、さらにモールと自社EC、SNS告知で負荷は3倍になる。なぜECサイトの現場は疲弊するのか。

今回はデザインやコーディングなどの制作実務に限定して、その労働環境の構造的な崩壊を分析する。

ECサイトのWeb制作は永久に更新する仕事

ECサイトはコーポレートサイトのように一度作って終わる世界ではない。

商品は無限に増え続け、価格は動き、キャンペーンは途切れない。そのたびにページを更新し、バナーを差し替え、細かい修正が積み上がる。しかもAmazonや楽天などのモールと自社ECの両方を同時に回すケースでは、作業は単純に二重化、三重化する。

ECサイトの業務はクリエイティブというより、永遠に終わらない更新ルーチンである。

自社ECは意外と儲からないという現実

自社ECは利益率が高いと言われがちだが、実際には広告費や運用コストが重くのしかかる。システム構築や保守費用も大きく、人件費などの制作リソースも継続的に必要になり、固定費が増え続ける。

リアル店舗の片隅で、赤字のままEC運用が続く歪んだ構造のことも珍しくない。撤退判断が遅れやすい領域でもあり、「やめるにやめられないEC」が静かにコストを食い続ける。

デザインの寿命が極端に短い

セールやキャンペーンごとにビジュアルは作り直し。数日で役目を終えることも珍しくない。

時間をかけて整えたデザインも、次の施策であっさり消える。積み上げるより回転させることが求められ、クオリティよりスピードが優先される。

バナー量産による消耗戦

サイズ違い、商品画像違い、文言違い、媒体違い。

同じようなビジュアルをひたすら作り続けることになる。しかも、モールと自社ECで微妙にサイズ仕様が違うため、流用も完全にはできない。成果検証も曖昧なまま量だけが増え、制作はひたすら消耗する。

緊急対応と即日反映が当たり前

モール側の仕様変更やセール開始タイミング、自社ECのトラブル対応など、突発的な作業が常に割り込む。

しかも優先度は最優先扱い。計画していた制作タスクは簡単に吹き飛び、スケジュールは常に後ろ倒しになる。

見た目を作る側と、モール管理画面やカートシステムを扱う側の間に溝があることも多く、仕様の制約により実装できない表現が多く、理想と現実の差が広がる。結果として「できる範囲で妥協する」判断が積み重なる。

ECサイトの独自CMSはクセが強すぎる

基本的に自社ECサイトというのは儲かっていないケースが多い。10年以上前の古い仕組みのCMSで運用していて、客が目にする見た目だけを整えているケースがある。

今どきのCMSは最終的な画面を表示しながらコーディングやデザインするのが一般的で、ノーコード、ローコードが当たり前。

だが、古いCMSにはそんな発想はなく、システムの奥深い所で複雑な設定やコードを仕組まないとならない。小さな変更でも大きな工数がかかることが多く、学習コストが異常に高いうえに、独自システムゆえに、他の現場では覚えても全く1ミリも役に立たないという究極のジレンマまで実装されている。

常駐制作会社が頻繁に入れ替わる

根本的に儲かっていない自社ECサイトでは、コスト見直しのたびに制作会社が入れ替わる。

引き継ぎは不十分で、過去の経緯は共有されない。新しいチームは既存の問題を一から踏み直し、同じミスが繰り返される。改善どころかリセットが周期的に発生する構造になっているのだ。

ECサイトの現場がブラックである理由まとめ

モールと自社ECの両方を少人数で回している時点で作業負荷は高い。

自社ECサイトは使用システムが時代遅れで学習コストが高く、キャリアに繋がらない。

短納期と大量制作、そして頻繁な修正が重なる構造を持つのもブラックな要因。市場としては成長しているように見えても、現場の負荷が高いのが通常。制作スタッフとしては、作り続けても報われない状態が続く。