
画像は地方のイメージ(記事と関係ありません)
経済を学ぶつもりが、昭和の残り香と謎の現実美化に眩暈がした話。
経済の“今”を学ぼうと思い、某書店で地方経済誌「財界◯◯」をノリで買った。タイトルだけ見れば、地域経済の動向や地元企業の戦略が語られていそうだ。しかし、ページを開いた瞬間、そこに広がっていたのは昭和の残り香が漂う、謎の人生美化と夜の街の広告が織り交ざった“情報のカオス”だった。経済誌を買ったつもりが、なぜか居酒屋紹介とコンパニオンクラブの広告を読まされる。これは一体なんだったのか。
経済を学ぶつもりが昭和の“人生指南書”を掴まされた
「財界◯◯」というタイトルに期待してページを開いたら、そこにあったのは経済分析ではなく、昭和の週刊誌のような人生指南のオンパレードだった。
地域経済を語るどころか、なぜか人生の乗り切り方や、サラリーマンの心構えが語られ、経済誌というより“昭和時代の寄せ書き”のような空気が漂っていた。昭和の残り香を嗅がされるとは思わなかった。
給料が上がらない節約生活を“これも幸せ”とごまかす
特に吐き気を催したのは、給料が上がらず物価だけが上がる現実を前にして「ネトフリを見ながら家飲みするサラリーマン」を美化する記事だ。
いや、それは幸せの紹介ではなく、ただの“節約生活の紹介”だ。外食を減らし、娯楽を削り、家で缶チューハイを飲む生活を“幸せ”と呼ぶのは、現実を直視したくない大人の自己暗示にしか見えない。経済誌が現実を分析するのではなく、現実を慰め始めたら終わりだ。
なぜ経済誌で浪人生の人生訓を読まされるのか
さらには、大学受験に失敗して浪人した人が“受験生への忠告”を語る謎のコラムだ。
経済誌で計画的な受験勉強の仕方を語る必要がどこにあるのか。地域経済の未来を語るはずの雑誌が、突然“努力は裏切らない”という精神論を語り始める。経済誌が精神論に逃げた瞬間、読者は情報ではなく“娯楽”を買わされている。
格安居酒屋とコンパニオンクラブの紹介
ページをめくると、駅前の新規オープンした格安居酒屋の紹介が始まる。
経済誌なのに、“飲み歩きガイド”が始まる瞬間だ。その隣にはコンパニオンクラブの広告が掲載されている。地域経済の分析より、夜の店の紹介のほうが熱量が高い。経済誌を買ったつもりが、昭和の週刊誌と飲み歩きガイドが混ざった“謎の複合体”を読まされるとは思わなかった。
地方経済誌の“なんでも詰め込み”は地方経済そのもの
この雑誌の混沌は、地方経済における混沌の裏返しでもある。経済の記事だけでは雑誌が売れない。だから居酒屋紹介を入れ、コンパニオンクラブの広告を入れ、昭和の価値観を混ぜ、慰め記事を放り込み、結果なんでも詰め込む。これは編集方針の問題ではなく、地方経済そのものでもある。
経済を学ぶつもりで買った「財界◯◯」は、経済の今を教えてくれなかった。代わりに見せられたのは混沌の世界だった。これが地方経済のリアルなのだろう。







