東京

コネタ

東京の地下鉄が不自然に曲がりくねって非効率に思える路線形状ばかりの理由

行き場を失くしたかのように都心部で顔を出す東京メトロ丸の内線

東京の地下鉄は路線図を見ると「どうしてこんなにクネクネと曲がりくねって、わざわざ遠回りしやがって、しまいにUターンまでするのか?」とイラつくほどに不自然な形状をしている。

だが、これは設計が失敗したというよりは、江戸時代から大都市として発展していた街に後付けで地下鉄を押し込んだという歴史的な事情が大きい。海外の大都市にも似た例は見られるが、国内の他の都市と比べると、東京は特殊な条件下で地下鉄を作ったというのが鮮明になる。

東京の地下鉄は既存の大都市に後付けで建設

1920年代に東京で地下鉄の建設が始まった頃、すでに東京は道路や建物、上下水道や電線でぎっしりだった。地下鉄はかろうじて空いている隙間を探しながら造るしかなく、鉄道にとって理想的な線形で、真っ直ぐ造れる場所はあまり残されていなかった。

この状況は19世紀から地下鉄の建設を始めたロンドンに似ている。ロンドンも既存の大都市の地下に建設したため不自然な曲線が多い。パリも同様で、古い街並みの下を縫うように走るため、路線は複雑な構造となった。

一方、戦後に都市計画が進んだ札幌は、碁盤目状の道路が広く整備されていたため、地下鉄も直線的に通すことができた。名古屋も広い道路が多く、地下に余裕があるため、東京ほどは混雑に悩まされていない。大阪は東京より古くから栄えている都市だが、都市密度が東京ほどではなく、曲線はあるものの東京ほどのカオス感は生まれなかった。

東京の地下には避けるべきものが多すぎる

東京の地下は、世界でも屈指の複雑さだ。既存の地下鉄、JRのトンネル、巨大な下水道、暗渠(埋められた川)、地下街、ビルの基礎杭など、避けなければならないものが無数にある。

ニューヨークも地下構造物が密集しており、実際のトンネルは曲線だらけだが、路線図は直線的に描かれているため気づきにくい。ソウルも地下街や既存インフラが多く、避けるべきものが多い都市だが、それでも東京ほど地下が混雑している状況ではない。

名古屋や福岡の地下街は大規模だが、東京ほど多層構造ではないため、路線は比較的素直に通る。横浜も地下街はあるものの、東京のように地下鉄の上と下に別の地下鉄が重なるような状況ではない。神戸は山と海に挟まれているが、地下のインフラ密度は東京ほどではなく、京都や仙台も地下構造は比較的シンプルだ。

需要に合わせて駅を建設したから線路が曲がる

東京は商業地、住宅地、大学、官庁街が広範囲に散らばっている。地下鉄はそれらを効率よく結ぶために、ある地点と別のある地点を最短距離で結ぶというより、需要を細かく拾うルートを優先した結果、路線が曲がりくねったという見方もできる。

札幌や仙台、福岡は中心部がコンパクトで、名古屋も中心部が明確。京都や神戸も都市構造が比較的明確で、東京ほど需要の散らばりには悩まされていない。

競合を避ける縄張り争いで路線が歪んだ

東京はJR、都営地下鉄、東京メトロ、そして多数の私鉄が入り乱れる世界でも珍しい鉄道密集都市だ。各社が互いの路線と競合しないように微妙にルートをずらした結果、本来は直線で行ける区間が歪に曲がることが多かった。

パリやロンドンも複数の事業者が関わった歴史があり、競合を避けるために路線が微妙に曲がることはあるが、東京ほど入り乱れていはいない。国内の地下鉄がある他の都市では、JRや私鉄など他の事業者との競合は少なく、東京のように縄張り争いが発生する状況にはなりにくかった。

都心の皇居を避けて建設する必要があった

東京の地下鉄が大きく曲がる理由の中でも、皇居の存在は極めて特殊で、他都市にはほとんど見られない制約だ。

皇居は東京都心のド真ん中に位置し、広大な敷地を持つが、皇居の地下を掘ることはできない。その結果、東京の中心部では路線が皇居を大きく迂回する形になり、多くの地下鉄路線が皇居を避けるように不自然に回り込んで走っているのはその象徴だ。

この都心の巨大な空白地帯は、札幌や名古屋、福岡のように中心部をまっすぐ地下鉄で貫ける都市とは決定的に異なる。大阪や京都にも歴史的建造物は多いが、皇居ほど広大で絶対に避けなければならない中心部の空白地帯は存在しない。

世界の都市と比べても、皇居のような存在は珍しい。ロンドンにはバッキンガム宮殿があるが、皇居ほど広大ではなく、都市の中心を完全に遮断するほどではない。パリのエッフェル塔やルーブル美術館も同様で、地下鉄は比較的自由に通せる。ニューヨークのセントラルパークは広いが、地下鉄はその下を通っており、皇居のような絶対不可侵の領域ではない。ソウルの景福宮は歴史的建造物だが、皇居ほどの規模ではなく、都市構造への影響も限定的だ。

東京の地下鉄の不自然な曲がり方を理解するうえで、この皇居の存在は欠かせない要素になっている。

新しい路線ほどカーブだらけで走行音がうるさい

東京の地下鉄の中でも比較的新しい2000年に全線開業した大江戸線は、車内の騒音が大きいというという声がよく上がる。

大江戸線は急カーブが非常に多い。これは後発であるがために東京の地下深くを通るとはいえ、既存の地下構造物を避けながら建設したという事情がある。カーブや下り坂では、車輪とレールの摩擦が増え、金属音が響きやすい。

そして、トンネルが小さいことが騒音をさらに増幅する。通常の地下鉄トンネルが内径6.2m前後なのに対し、大江戸線は約4.3mと断面が狭いため、走行音が逃げ場を失い、壁に反響して増幅される。コロナ禍で換気のために窓を開けて走行した時期には、100デシベル以上に達した区間もあったというが、これはパチンコ店や工事現場に匹敵するレベルで、会話が出来ないほどの騒音だ。

東京は地上も地下も曲がりくねっている

東京は地上を歩いていても道が微妙に曲がり、気づけば方角がずれていくような街だ。観光やビジネスで東京の街を歩いている時に、駅に向かっていたはずが、なぜかいつの間にか逆方向に歩いていたという、不可解な経験をした人は少なくないだろう。

古い街道と新しい道路が折り重なり、歴史の積み重ねがそのまま街の形に刻み込まれている。その複雑さは地下に潜るとさらに際立ち、地下鉄は既存の建物やインフラを避けながら、空いている隙間を縫うように走る。路線は地上に負けず劣らず曲がりくねり、真っすぐ進むことを許さない。

札幌のように計画的に作られた新しい都市では、道路も地下鉄も碁盤目状に整い、都市そのものが「まっすぐ進む」ことを前提にしている。東京はその対極にあり、どこか歪んだ都市のように映る瞬間がある。

そして、その歪みは単なる都市構造の問題にとどまらない。日本の事実上の首都がこれほどまでに曲がりくねり、まっすぐ進めない形をしていること自体が、どこか日本という国のあり方を象徴しているようにも思えてくる。

積み重ねた歴史を抱え込みながら、調整と妥協を繰り返し、気づけば本来の方向から少しずつずれていく。東京の街並みは、そんな日本という国の姿を静かに映し出しているかのようだ。

コネタ

【異常】なぜ東京の通勤電車は朝から酒と脱毛サロンの広告ばかり見せつけるのか

画像はイメージ

JR東日本などの首都圏を走る通勤電車に乗ると、否応なく目に飛び込んでくるのは、360度あらゆる方向に掲示された下品な広告たちである。俺が通勤電車を嫌う大きな理由の一つだ。

田舎の地方路線だと鉄道会社自身の広告程度しかないのが普通だが、東京の電車は異常に不快な広告が多い。

酒の広告は公共空間に不要

東京の通勤電車内では朝っぱらから「人生に乾杯」「今夜も飲んでリフレッシュ」「大人の時間を楽しもう」といった酒の広告が堂々と掲げられている。

だが、現実には酒は依存症や健康被害の原因であり、ノルウェーなど国によっては酒の広告が全面禁止されていたり、宗教によっては飲酒自体が禁止されている。にもかかわらず、日本の公共交通機関では朝っぽらから「飲めば幸せ」「一日の終わりに至福の一杯」と、まるで「お前の人生そのものが酒」とでも言いたいかのようなキャッチコピーを刷り込んでくる。

未成年者も乗る電車で酒の広告を出すのは、メーカーや鉄道会社の企業倫理の欠如そのものでもある。

下品な週刊誌広告の氾濫

毎朝目にする週刊誌の吊り広告は、もはや情報ではなく下劣な見世物である。

「不倫」「スキャンダル」「裸に近い写真」など、子供も乗る公共空間で堂々と掲げる神経が理解できない。通勤客にとってはただの視覚的暴力であり、社会の品位を削り取る公害だ。

「知る権利」や「報道の自由」を盾にするが、電車内という逃げ場のない空間で、低俗な見出しを強制的に見せつけるのは拷問に近い。公共交通機関を低俗なゴミで埋め尽くすこの構造は、鉄道会社と広告代理店の利権が結びついた腐敗であり、乗客の快適さなど一切考慮されていない。

脱毛サロン広告の押し付け

頻繁に目にする脱毛サロンの広告は、美の基準を一方的に押し付ける洗脳である。

本来、毛があるかどうかは個人の自由であり、社会的価値とは無関係だ。それを「処理しないと人として劣っている」と煽るのは、企業が不安を利用して金を巻き上げる典型的なビジネスモデルである。通勤電車でこの広告を垂れ流すことは、乗客の平穏な心を削り取る行為にほかならない。

転職フェア広告の不快感

東京の通勤電車でよく目にする転職フェアの広告は、一見すると「働く人を応援する」ように見える。しかし、実際には労働市場の不安定さを前提にしたビジネスモデルである。広告は「もっといい会社へ」「キャリアアップしないと取り残される」といったコピーを掲げ、乗客に常に不安と焦燥感を植え付ける。

この構造は企業が人材を使い捨てにする現実と直結している。転職サイトは「選択肢を広げる」と謳うが、裏側では人材の流動化を加速させ、労働者を常に競争状態に置く仕組みを支えている。通勤電車という逃げ場のない空間で繰り返し見せられることで、働く人は「今の自分では不十分だ」という感覚を強化される。電車に乗っているだけなのに、心の安定を一方的に奪うタイプの広告だ。

英会話スクール、アプリ広告で劣等感を煽る

英会話スクールやアプリの広告は、典型的な劣等感マーケティングである。「英語ができないと出世できない」「今すぐ始めないと遅い」「世界に取り残されるな」といったコピーで、乗客に不安を植え付ける。

だが、現実には英語力だけでキャリアが決まるわけではない。「英語ができないとダメ」という刷り込みは、企業が教材やサービスを売りつけるための方便にすぎない。通勤電車という逃げ場のない空間での心理的暴力である。

問題なのは、こうした広告が「努力していない人間は劣っている」という価値観を公共空間にばらまいている点だ。英語を学ぶこと自体は自由だが、それを「やらないと負け組」と煽るのは洗脳である。

トレインジャック広告というクソ商品の宣伝

東京の通勤電車で繰り返される「トレインジャック広告」は、乗客を企業の宣伝で包囲する洗脳空間である。周囲の広告すべてが同じ「しょうもないサービスや商品」の紹介だらけで、乗客は逃げ場を失い、ゴミ同然の企業メッセージを浴び続けるしかない。

その典型例が、かつて展開された FF15(ファイナルファンタジーXV) のトレインジャック広告だ。車両全体がゲームのビジュアルやキャッチコピーで覆われ、乗客は強制的に「クソゲー」の宣伝空間に閉じ込められた。ゲームの出来は散々な評価で、すぐさまワゴンセールの常連になったにもかかわらず、広告だけは派手に展開された。

FF15のような失敗作を例にすればわかる通り、広告の派手さと商品の実態は乖離しており、乗客にとってはただの不快な押し付けでしかない。トレインジャック広告は、企業が「公共空間を私物化しても構わない」という傲慢さの表れであり、トレインジャック広告を出す企業のイメージは最悪である。

不安を煽るベストセラー本広告という恐怖商法

「日本経済は崩壊する」「老後資金が足りない」「あなたの人生はこのままでは危ない」といった見出しが大きく掲げられた「ベストセラー本」の広告は、知識や教養を広めるどころか、不安を煽る恐怖商法に近い。乗客に恐怖を植え付ける。

本来、書籍は自由に選んで読むものだ。しかし、ベストセラー本広告は「読まなければ取り残される」「知らなければ損をする」と強制的に刷り込む。これは知識の提供ではなく、心理的圧迫だ。

しかも「ベストセラー」という謎の肩書きで権威を演出し、乗客に「みんな読んでいるのに貴方は読んでいない」という劣等感を植え付ける仕組みになっている。結論として、不安を煽るベストセラー本の広告は公共空間に不要である。恐怖による支配に他ならないからだ。

しょうもないYouTubeドラマの広告

朝っぱらの通勤電車でよく目にするYouTubeドラマの広告。大げさなキャッチコピーで「感動の連続」「社会現象」と煽りながら、実態は低予算の茶番劇や使い捨ての恋愛ストーリーばかり。公共空間で「これを見なければ時代に取り残される」と刷り込むのは、乗客の知性を侮辱する行為だ。

中身は薄っぺらいのに、電車内では複数のポスターで「必見」と押し付けられる。乗客は逃げ場のない空間で、しょうもないコンテンツの宣伝を強制的に浴びせられる。それが東京という日本の政治経済すべての中心地を走る電車なだけに、「この国、さすがに終わってないか?」と不安な気持ちになる。

予備校という資本主義の手先養成所の広告

サラリーマンだらけの通勤電車で頻繁に目にする予備校の広告は、「夢を叶える」「志望校合格で未来が変わる」と美辞麗句を並べ立てる。しかし、その実態は資本主義の歯車を効率よく育成するための施設にすぎない。受験戦争を煽り、子どもたちを競争漬けにし、社会に従順な労働力を供給する仕組みを支えている。

広告は「合格すれば人生が輝く」と刷り込むが、現実には合格後も終わりなき競争と搾取が待っている。予備校はその入口を担い、広告はその幻想を公共空間で垂れ流す。通勤電車で「努力しないと落ちこぼれ」というメッセージを浴びせるのは、心理的暴力であり、資本主義の洗脳にほかならない。

元凶はターゲティングを無視した時代遅れの広告担当者

電車内広告が不快に感じられる大きな理由のひとつは、Web広告と違って年齢、性別、趣味嗜好などを一切考慮しない点にある。インターネット上の広告では、ユーザーの属性や関心に合わせて広告が出る仕組みが整っている。ところが電車内では「誰にも届かない広告」をとりあえず貼り出すだけで、乗客の多様性を完全に無視している。

その結果、酒が飲めない人に酒広告、整形に興味のない人に美容整形広告、英語学習に関心のない人に英会話広告が強制的に押し付けられる。これは「広告効果ゼロの押し付け」であり、乗客にとってはただの不快なノイズでしかない。

企業の広告担当者がこうした手法を続けるのは、時代遅れの証拠である。ターゲティングもせず、公共空間を「とりあえずの宣伝」で埋め尽くすのは、乗客を顧客として見ていないことの表れだ。広告代理店と鉄道会社の利権構造に甘え、成果よりも枠の消化を優先する姿勢は、現代の広告戦略としては完全に失格である。

もはや電車内広告は「誰にも届かない宣伝」を垂れ流す時代遅れの仕組みであり、公共空間を汚すだけの存在になっている。

まとめ 鉄道会社と広告代理店の利権構造という腐敗システム

東京の通勤電車を埋め尽くす広告は、単なる宣伝ではなく、鉄道会社と広告代理店の利権構造の産物である。乗客の快適さや公共空間の品位など一切考慮されず、優先されるのは広告収入と代理店の取り分だ。

鉄道会社は「運賃だけでは経営が厳しい」と言い訳し、広告代理店は「企業の宣伝ニーズに応える」と正当化する。しかし実態は、乗客を広告漬けにして金を吸い上げる仕組みだ。

酒、週刊誌、脱毛、繰り返される転職フェア、似たような英会話アプリ、クソゲーのトレインジャック広告など、どんな広告でも金さえ払えば電車内に垂れ流される。公共空間は傲慢企業により私物化され、乗客はその犠牲者だ。

さらに問題なのは、この構造が「広告は必要悪」という幻想を生み出している点だ。鉄道会社は広告収入に依存し、代理店は広告枠を売りさばく。結果として、乗客は毎日「不快な広告の洪水」にさらされる。

結論として、鉄道会社と広告代理店の利権構造は、東京の通勤電車を「広告の牢獄」に変えているのだ。

グルメ

ヨドバシAkibaに新オープンした「伝説のすた丼屋」に行ってきたぞ

行ってきたというか、所用で昼時に秋葉原に行って飯食わんとならんということで、ヨドバシAkibaのレストランフロアをうろついていたら馴染みの「すた丼屋」がそこにあったのだ。

コロナ前はタイ料理屋があった場所

ヨドバシAkibaのレストランフロアは以前はよく行っていたのだが、コロナ前はタイ料理や韓国料理屋などがあって、なかなか賑わっていたのである。

昼時は大体は近隣サラリーマンの巣窟となるから、コロナでリモートワークになったり、テイクアウト中心になると、ヨドバシの最上階にあるレストランフロアはすっからかんになった。

テナンとも一時期は本当に半分くらいになって、よく行っていたタイ料理屋も少しは粘ったものの閉店。韓国料理屋も閉店。

それがコロナの規制的なものが緩和されて客足が戻ったから、2023年になってテナントが徐々に復活してきた。

ただ、同じ店が戻ってくることはなくて、韓国料理屋があった場所は別の韓国料理が入居し、タイ料理屋があった場所に伝説のすた丼屋が入居したのだった。

注文は券売機オーダー、席で待つだけのタイプ

伝説のすた丼屋はフランチャイズが大多数だけど、公式サイトの記述だとここは直営店っぽい。

2台並んだ券売機でオーダーすると食券が発行され、そのまま席について呼ばれるまで待つ。最近のセルフタイプの松屋とかの感じかな。って、松屋は2年くらい行っていない気がするけど。

客層は近隣サラリーマンが半分で、よくわからない買い物客や観光客風が残り半分。どっちもコロナ最高潮の時はいないタイプの人間だから、そりゃテナントも半分になるよな。

席のレイアウトなんかは以前のタイ料理屋に近いから懐かしい。

なんか値段が高くねえかという疑惑

俺は一つ学んだのだが、飲食のチェーン店というと基本的にどこの店でも同じ値段(そうでもないのかな?)という固定観念があったが、伝説のすた丼屋は店によって値段が違うのだ。

立地やテナント料によるみたいで、ヨドバシAkibaの店舗は俺の知っている別のすた丼屋より普通の「すた丼」ベースで100円高い。

なんとなく高い気はしていたが、最近の物価高便乗ですた丼屋全部が値上げしたのかなと思ってそのまま「久しぶりの味だな」とかしみじみ思って完食したが、同じく秋葉原の電気街にあるすた丼屋を通りかかったから、やっぱり100円高かったのである。

同じ品物が他店で安く売られていたらイラつく心理とは

まぁ、チェーン店だからって同じ値段で統一する法律はないから、店によって値段が違うのは法律問題にはならない。

でも、同じ品物が近隣の店舗の方が安く売られていたら、ショックというかイラついてしまうのは人間の本性だろう。

あっちの方が立地がよかったから、時間的にそこで食べるのがベストだったから・・・とか自分で高かったことに納得すべく、理由を探さないとならない事態になる。

今度から秋葉ですた丼を食べる時は電気街の方に行こう。メモメモ。