東京駅

グルメ

20年ぶりに東京駅で再会した「カレーショップ アルプス」は昔と同じ姿で今も鎮座していた

さすがに値上げの時代だけに値上げはしたけどそれでも安い

俺が二十歳そこそこのまだ可愛かった頃、東京駅八重洲口の雑居ビルに入っている会社に勤めていたのだが、その頃よく通っていたのが八重洲地下街の「カレーショップ アルプス」だ。

あれから約20年、ヤエチカはすっかりリニューアルされ、飲食店も入れ替わりが激しい業種だから、正直、アルプスなんてとっくに消えていると思っていた。ところが、まだそこにあった。看板も雰囲気も、記憶の中の20年前の雰囲気のまま。

カレーショップ アルプスとはどんな店か

東京駅の八重洲地下街に1969年から店を構える、いわゆる昭和系カレーショップだ。

立地は東京駅直結という超一等地にもかかわらず、価格帯は300〜600円台が中心という驚異的な安さで、半世紀以上にも渡り、この界隈のサラリーマンや旅行者に愛されてきた。店内はカウンターが連なるコンパクト設計で、回転率重視になっており、落ち着いて食事をするというより、サッと入ってサッと食べるための店だ。

味は家庭的でクセがなく、スパイスの主張も控えめ。具材はシンプルで、カツやコロッケなどの揚げ物を組み合わせる昔ながらのスタイルが中心。特に「東京駅でこの価格」という点が強い支持を集めている。

ヤエチカのテナントが頻繁に入れ替わる中でも生き残っている数少ない老舗であり、変わりゆく東京駅の中で変わらないものとしての存在感を放っている。

「普通のカレー」だがそれでいい

570円のカツカレーは普通のカツカレーの味

懐かしさに吸い寄せられるようにカツカレーを注文した。値段は570円。さすがに20年前よりは上がっているだろうが、昨今の値上げラッシュを思えば、むしろ安いとすら感じた。

アルプスのカレーは良くも悪くも「普通のカレー」だ。

カレー専門店でありながら、家庭的な味でスパイスの個性を主張しない。具材は控えめで肉はやや固いし、量も多くはない。だが、東京駅直結の地下街でこの価格帯は、今となってはほとんど幻だ。

全国各地でカレーを食べ歩くほどではないが、新潟のバスセンターのカレーや、釧路のインデアンのような「お気に入りカレー」がある身としては、アルプスのカレーに特別な味の感動はない。

それでも「ここにあってほしい店」という意味では唯一無二だ。

昭和感が残る店内は狭いが、それでも愛されている

アルプスの店内はお世辞にも広いとは言えず、昭和感が強く、混雑時間帯は落ち着かない。

それでも「安い」「早い」「東京駅で食べられる」という、昔の牛丼のキャッチコピーのような魅力が勝っている。牛丼が280円だった10年ほど前は、日中のタイムサービスのコロッケカレーも280円だった気がする。

20年ぶりに訪れて思ったこと

味の記憶がどうこうではなく、「まだここにある」という事実そのものが嬉しかった。

東京駅周辺は変化のスピードが速く、新しい店ができては消え、地下街の顔ぶれはすぐ変わる。そんな中でアルプスのような昔のままの店がひっそりと残っていると、自分の20年前の記憶まで守られているような気がする。

カレーの味は普通。だけど、この店が持つ価値は普通じゃない。

コネタ

東京駅やスカイツリー、ディズニーランドを背景にしたSNSの自撮り写真が滑稽に感じる理由

画像はイメージ

SNSに溢れる東京駅やスカイツリー、ディズニーランドを背景にした自撮り写真。

本人にとっては「都会体験の証」なのだろうが、見る側からすればただの田舎者自慢であり、その構造は「貧乏だけど頑張ってます!」という貧乏自慢と同じようなものである。誇りのつもりが劣等感の自己演出にすり替わり、結果として滑稽さを放っている。

東京駅やスカイツリーは東京人には日常風景

東京駅やスカイツリー、東京ディズニーランドは、東京で生活する人間にとって日常の延長線上にある存在だ。

毎日の通勤途中や、近所に買い物に行く途中に目にする程度の建物であったり、週末に家族連れが訪れる娯楽施設というレベル。いずれも特別な意味はない。

にもかかわらず、それを背景に「東京に来ました!」「夢の国に来ました!」とSNSに載せる行為は、田舎者であることを自ら誇示しているようなものだ。

実際の投稿文に漂う痛々しさ

SNSを覗けば、こんな投稿が並んでいる。

「念願の東京駅! やっぱり歴史を感じる〜」
「スカイツリーの前でパシャリ! 東京に来たって感じ!」
「夢の国ディズニーランド! ミッキーに会えて感動!」

これらは本人にとっては誇らしい記念なのだろう。しかし、東京を日常にしている人間からすれば「日常の風景や娯楽をわざわざ自慢する」痛々しさしか感じない。田舎者自慢は、貧乏自慢と同じく「わざわざ言わなくてもいいことを誇らしげに晒す」パフォーマンスとも言える。

東京が日常の人間にとっては写真にする価値すらない

東京駅もスカイツリーもディズニーランドも、首都圏で生活する人間にとってはただの背景である。

通勤や週末の娯楽に過ぎず、わざわざ写真に収める対象ではない。東京を日常にしている人間にとっては、写真にする価値すらない。日常の風景を「観光名所」として切り取ることは、田舎者自慢=貧乏自慢の滑稽さと同じである。

「わざわざ誇らしげに語る必要のないこと」を自慢していることが、見ている側に気持ち悪さを与える原因であろう。