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【沖縄】意外と行く機会がなかった「那覇ふ頭旅客待合所」を見学してきたぞ

建物外観はこんな感じ。良く言えばシンプルそのもの

琉球王国の時代から海上交通が栄えていた沖縄には、現在もいくつものフェリーターミナルや船着き場があるが、その中でも古株だと思われる「那覇ふ頭旅客待合所」を見学してきたぞ。

那覇~鹿児島航路など長距離便が発着するターミナル

入り口。午前5時半にオープンとあるが、日中も開いている

沖縄本島周辺の離島便を中心に発着している「とまりん」は何度も利用したことがあるものの、那覇バスターミナルの近隣という立地でありながら、ここには一度も来たことがなかった。

それもそのはずで、「那覇ふ頭旅客待合所」は那覇~奄美大島~鹿児島などの値段的にも時間的にもヘビーな航路のフェリーが発着しているターミナルである。機会があればぜひ・・・と思いながらも、LCCの飛行機で那覇から東京に向かうより個室で言うと3倍くらいの値段がするし、鹿児島からの交通も別途必要になるから、おいそれとは利用できないというのがある。

とまりんのような派手さはないターミナル

午前10時くらいに訪れた時の様子

長距離フェリーが出航するのが午前7時のようで、受付が始まるのが6時、乗船が始まるのが6時半というスケジュールだから、朝の6時~7時くらいが賑わうゴールデンタイムなのだと思う。そのため、日中は閑散としいるようだ。

建物の雰囲気はなんだろう。田舎の古い総合病院の廊下? という例えが自分の中では近い。新日本海フェリーとか佐渡汽船とか、自分がよく利用するフェリーターミナルとは、だいぶ雰囲気が違う。

乗船手続きとかをする窓口

長距離フェリーは「マルエーフェリー」と「マリックスライン」という会社が交互に運航している。

那覇近郊でのクルーズ船や水中観光船の乗り場でもある

長距離フェリーとは別に、建物の端の方では「ウエストマリン」という会社の水中観光船などの受付がある。

その手の観光船は恩納村とか、そっちの方のリゾート系のイメージだったが、県外の観光客が必ず立ち寄る那覇にも拠点があるのだ。ちょうど出航の時間らしくて、乗客に乗船時の注意事項などの説明をしている所だった。

その他の設備、所感など

2階以上のフロアもあって、誰でも自由に行き来できる雰囲気ではあるものの、たぶん港湾関係の会社だと思うがオフィスフロアとなっているようだった。港を眺められる休憩コーナーのようなものもあるが、先客が床に座り込んでいたので撮影はしなかった。

かりゆしウェアが売られている場所はあったが、食堂や普通の売店のようなものは見当たらなかった気がする。

ヘビーな長距離路線が発着する場所なだけに、港湾設備のような雰囲気が漂って歴史を感じる場所という印象が強いターミナルだった。船旅の良さは知っているが、自分には「相性が悪い」という言葉で説明するしかないものの、なかなかヘビーな航路と料金設定なだけに乗船できる機会はどうしても訪れないものの、ターミナルの雰囲気が味わえたのは良しとしよう。

旅モノ

なぜ沖縄はつまらない島になったのか? 何度も沖縄に旅したからこそ思う沖縄観光の現状

沖縄の最大にして唯一の観光資源は海ではないかという疑惑

この20年間、何十回と沖縄を旅してきた。だが、近年「沖縄はつまらない島」だと感じることが多くなった。

昨年末には滞在予定期間を短縮して帰ってきたほどで、今年も旅費に見合うほどの新たな発見や楽しさは沖縄にはなかった。これは単なる飽きではなく、沖縄という場所の変わらない自然環境と、上がり続ける物価、改善されない交通事情、そして観光客に開かれない閉ざされた文化によって、かつて輝いていたように思えた魅力が薄らいでしまったからだ。

沖縄の季節感のなさが旅の感覚を鈍らせる

冬には流氷がやってくる北海道のオホーツク海

沖縄は一年を通して気温が安定している。常夏ではないから、一応、冬らしきものはあるものの、12月でも半袖短パンで歩けるほど暖かい。

初めて訪れる人には南国らしさとして魅力的に映る。しかし、何度も訪れるとその変わらなさが退屈さへと変わっていく。12月の那覇空港に降り立った瞬間に感じる暖かい太陽は、初めの頃は感動を呼ぶ。しかし、何十回ともなると「同じだな」という感想しか湧かない。

北海道のように季節によって劇的に景色や気候が変わることはなく、どの時期に来ても同じような旅が繰り返される。

物価上昇が“気軽な沖縄”を過去のものにした

外食はどこもかしも値上げ、値上げ、値上げ

沖縄の最低賃金は20年前には600円程度だったが、今では首都圏と大差ない水準にまで上昇した。

地元生活者の賃金が上がるのは良いことに思えるが、企業からすると人件費が上がるわけであり、連動して物価が上昇する。特にアルバイトやパートを多く雇うような外食産業やサービス業においては顕著に価格が跳ね上がる。

もちろん、その影響は観光客にも直撃する。外食は軒並み高くなり、沖縄料理を気軽に食べることが難しくなった。20年前は1000円弱だったはずのJimmy’sのランチバイキングは、今では2200円にまで上がった。

地元スーパー「かねひで」のチキンドラムは1本300円以上に値上がりし、沖縄を象徴する安い飲み物だったA&Wのルートビアは48円で買えたのが今は150円もする。観光施設も値上げが続き、「こどもの国」は大人500円から1,000円にまで値上げした。

かつての「安くて楽しい沖縄」は、今や「本土より金がかかる沖縄」へと変貌し、旅が財布に縛られるようになった。

沖縄の観光体験は“初回の感動”で止まる

今も昔も気軽に行ける距離ではない美ら海水族館

沖縄には確かに美しい海がある。初めて訪れた人なら、その青さだけで旅の満足度が一気に跳ね上がるほどだ。空港を出たらすぐに広がる南国の空気、リゾートホテルの白い壁、そして水平線まで続く海のグラデーション。これらは初回の旅人にとって、非日常の象徴として強烈に記憶に残る。

しかし、問題はそこから先だ。海以外の文化的な魅力が観光客に対して十分に開かれていない。むしろ、海という圧倒的な観光資源に依存しすぎた結果、その他の観光体験が“美しい海の感動”を超えてこない構造になっている。

例えば、沖縄の伝統的な祭りや地域イベントは、観光客が気軽に入り込める雰囲気ではない。地元のコミュニティが強固であるがゆえに、外から来た人間はどこか“見学者”のまま止まってしまう。文化は確かにそこにあるのに、観光客が触れられる距離まで降りてこない。

美ら海水族館もその典型だ。巨大なジンベエザメが泳ぐ水槽は圧巻だが、那覇から片道2時間もかかるアクセスの悪さがネックとなり、「一度行けば十分」という印象で終わってしまう。リピーターにとっては、再訪したい気持ちよりも移動の面倒臭さが重くのしかかる。

泡盛も同じだ。銘柄は豊富で酒造所も多いが、冷静に飲み比べるとクセが強く、万人向けとは言い難い。地元の若者でさえ、ウイスキーやチューハイに流れているという話をよく聞く。試飲コーナーで飲み比べても、味の幅が広いわけではなく、「試飲で一度飲めば十分」という印象で終わってしまう。

沖縄料理も旅の高揚感がなければ“普通の家庭料理”でしかない。ゴーヤーチャンプルーなどのチャンプルー料理は確かに独創的で美味しいが、味の方向性はどれも似ており、二度三度と食べるうちに新鮮味が薄れていく。初回は「沖縄らしさ」として楽しめるが、リピーターになるほど「同じ味」に感じられやすい。

若者に媚びて“映え”に特化したDMMかりゆし水族館

生き物は添え物扱いなDMMかりゆし水族館

沖縄に近年登場した新しい観光施設は、若者向けやインスタ映えに特化しているのが特徴だ。

フォトスポット、VR空間、カラフルなオブジェ、SNS映えを狙ったカフェ。自撮りをするには都合が良いが、体験としての深みは浅く、滞在時間は短い。旅の記憶に残るというより、スマホのカメラロールにだけ残る場所が多い。

美ら海水族館は遠すぎる観光地であるが、那覇近郊に誕生した新しい水族館が「DMMかりゆし水族館」だ。展示の解説はスマホで読み、館内は暗く、映像演出が中心。若者が好む“デジタル映え”を全面に押し出した、いわばスマホ時代の水族館だ。

だが、この新しさは必ずしも観光体験の質を高めているわけではない。クチコミを見ても悪い評価の多くが同じ方向を指している。「展示が少ない」「水槽が小さい」「値段に見合わない」「写真映え以外の魅力が薄い」などの声が投稿されている。要するに、体験の中心がスマホで撮ることに寄りすぎていて、水族館としての本質的な魅力がないのだ。

実際、館内は映像演出が多く、魚そのものをじっくり観察するというより、光と音の演出を背景に写真を撮ることが主目的になりがち。展示の説明もスマホで読む形式のため、画面を見ている時間が長く、目の前の生き物との距離が縮まらない。水族館というより、デジタルアート空間に魚が添えられているような印象すらある。美ら海水族館のように巨大な水槽の前で時間を忘れるような没入感はなく、どこか“消費されるための水族館”という印象が残る。

美ら海水族館は“遠すぎる”という問題を抱えているが、こちらは“軽すぎる”という別の問題を抱えているのだ。

観光客が不便を覚える生活インフラ

安さがウリだったはずのスーパー「ユニオン」ですら高い

DMMかりゆし水族館のような“映え”に偏った観光開発の一方で、沖縄の生活インフラの不便さは観光客にも影響を与えている。

例えば、地元スーパーのユニオンでは、未だに現金か独自の電子マネー「ユニカード」しか使えず、クレジットカードや交通系ICカード、QR決済のいずれも使えない。観光客が移動の合間にふらっと立ち寄って飲み物や惣菜を買おうとしても、財布に現金がなければレジで立ち尽くすことになる。

このような地元仕様のインフラは、観光地としての成熟とは逆方向に働いている。観光客が求めるのは、滞在中の快適さやスムーズな消費体験でもある。沖縄はその点で、まだ地元の論理を優先しており、キャッシュレス生活が当たり前で、現金を持ち歩かない主義の島外から来た人間にとっては不便が目立つ。

こうして見ると、沖縄は初めて来た観光客には強いが、二度目以降の人には弱い観光地になってしまった。旅の感動が一巡したあとに残るのは、交通整備の悪さ、文化の閉じ方、そして生活インフラの不便さ。地元の構造的な停滞が旅人に与える印象を悪くする。

国際通りは“修学旅行の自撮り背景”になった

コロナで“シャッター通り”だった国際通りも今は修学旅行生が目立つ

国際通りを歩いていると、修学旅行生がスマホを掲げて自撮りに夢中になっている光景をよく目にする。彼らは楽しそうだし、青春の一ページとしては微笑ましい。しかし、その風景を少し距離を置いて眺めると、国際通りという場所が“観光地としての役割”をどこか手放してしまったことが見えてくる。

修学旅行生たちが撮っているのは、沖縄の文化でも歴史でもなく、ただ「沖縄に来た」という証拠写真だ。背景に映るのは、土産物店やチェーン店ばかり。かつては地元の商店が並び、沖縄らしい匂いや音が漂っていた通りも、今では“どこにでもある観光地の商店街”になってしまった。

修学旅行生の自撮りは象徴的だ。彼らは国際通りを“体験”しているのではなく、“通過”している。国際通りは旅の記憶を深める場所ではなく、SNSに載せる青春の背景として機能しているのだ。

公共交通は未来永劫、改善されないまま

道路を作る金はあっても鉄道を作る金はないのが沖縄

公共交通機関は不便なまま改善されない。バスは遅れやすく、路線は複雑で、料金も高く、観光客が気軽に乗るのは難しい。

那覇空港と那覇市内などを結ぶ「ゆいレール」は、一部の車両が2両編成から3両編成になったものの、2本~3本待たないと乗れないほどの混雑のこともある。相変わらず、通勤時間帯のラッシュは首都圏以上だ。ゆいレールは通勤だけでなく、空港アクセス路線でもあるため、観光客の大きなキャリーバッグなどの荷物が車内を占領する場合もある。

世界の常識ではモノレールは“遊園地の乗り物”という認識だが、モノレールではない一般の鉄道路線の1つでも作ってくれればいいものの、国から助成金が出る自動車用の道路工事は年がら年中やっているが、鉄道関係についての助成金はないらしく、沖縄に鉄道建設の話が出てくることはない。

九州や北海道、本州などでは別にいらないように思う昭和時代に構想された新幹線やリニアが建設中なのに、沖縄には新しい鉄道路線ができる気配はない。

旅の“新発見”が消えた島

かつて、沖縄は何度でも訪れたい魅力あふれる島だった。

しかし、今では何度も訪れたからこそ、沖縄という観光地の限界が見えてしまった。季節感のなさ、物価の上昇、交通の不便さ、地元中心の文化構造、映えに特化した観光施設。それらが積み重なり、リピーターの旅人にとって、沖縄は海しかない金のかかる島になってしまった。

観光地として再び輝くためには、旅人の視点に立った再設計が必要だろう。

コネタ

沖縄で“外国人のような姿”のどこの国の子かよくわからない子供をよく見かける理由

沖縄を歩いているとアメリカ人にもアジア人のようにも見える、外国人のような姿の子供をよく見かける。各地にあるインターナショナルスクールと呼ばれる施設の周辺では特に多く、「沖縄って世界中から留学生が来るような教育の進んだ場所なのかな?」などと疑問を持っていた。

アメラジアンはアメリカ人とアジア人のハーフ

調べてみると彼らは沖縄に学びに来ている留学生の類ではなく、アメラジアン(Amerasian)と呼ばれる子供たちのようであった。アメラジアンはアメリカ人とアジア人の親を持つ子供のことで、特に米軍の駐留を背景に生まれた人々を指す。ベトナム戦争期に使われ始めた呼称で、米軍のアジア展開の中で生まれた子供たちがアメラジアンだ。

沖縄にアメラジアンの子供が多いのは、もちろん偶然ではない。日本では、在日米軍基地の約7割が沖縄に集中していることから、沖縄はアメリカと日本が最も濃密に接触する場所であった。

その結果として、沖縄では今でも年間300人弱のアメラジアンが新たに生まれているという。

アメラジアンが抱える“ダブル“の課題

アメラジアンの子供たちは、日本語と英語の両方が中途半端になりやすく、外見によって“外国人扱い”されることが多い。

文化的にも言語的にも、どちらの側にも完全には属せないという感覚を抱えながら育ち、さらに親の帰国や家庭環境の不安定さといった事情を背負いやすいという課題もある。沖縄には、こうした子どもたちの受け皿としてアメラジアン向けのスクールやインターナショナルスクールが各地に存在しており、言語や文化の両面で支援を行っている。

とはいえ、成人後も課題は続く。就職活動では日本語の癖を指摘されることがあり、米軍基地関連の仕事に進む人もいるが、それが“最も受け入れられやすい選択肢”として固定化されてしまうこともある。さらに、アメリカに渡った場合には今度は“アジア人”として扱われ、また別の境界線に立たされることになる。彼らは常に、文化的な境界の上を歩かされていると言える。

これからは日本全国が“沖縄化”していく

沖縄のアメラジアンは、「米軍基地が多いゆえの特殊な例」と思われがち。しかし、そんな時代はもう終わっている。

なぜなら、日本全国で外国人住民が急増しているからだ。技能実習生、特定技能、留学生アルバイト。あなたの身近にも、そんな名目で日本に住んでいる外国人がいるのではないだろうか。特に、地方の工場、介護施設、農業関連、コンビニ、外食チェーンなど、もはや外国人なしでは成立しない産業も多くなっている。

沖縄で見た光景は“未来の日本の予告編”

沖縄は日本の未来の縮図であり、アメラジアンはその先行サンプルだ。

沖縄のアメラジアンは“基地による現象”だったが、外国人住民が増え続ける日本では、やがて多文化風景が全国において当たり前になる。都市部でも農村部でも日本企業が外国人を大量に受け入れ、低賃金労働を支えるために依存し続ける限り、アメラジアンのような多文化の子供たちが全国で増えていくのは当然の流れである。

北海道の農業地域の例

技能実習生の子供が増え、学校で日本語支援が必要なケースが急増。

愛知・岐阜の工場地帯の例

ブラジル系、フィリピン系の子供が多く、学校が多言語対応を迫られている。

関東の介護施設周辺の例

ベトナム、ネパール系の家族が増え、地域のコミュニティ構造が変化。

これらの例は、沖縄のアメラジアンと同じような“多文化構造”が全国に広がっている証拠だ。

日本中が“チャンプルー文化”へと変わりつつある

沖縄に何十回と通い続けてきた筆者自身、アメラジアンという存在を詳しく知る機会がなかった。むしろ、関心を寄せたことすらなかったとも言える。

しかし、アメラジアンを知らなかったのは筆者だけではないだろう。多くの日本人は、沖縄のような“チャンプルー文化”はすでに全国で当たり前のことになっていて、文化が混ざり合った子供たちが各地で生まれている現実を直視していないはず。

戦後、沖縄を“特殊な場所”として片付けてきた日本社会。実は自分たちの足元でも沖縄と同じような変化が進んでいることに気づいていない。アメラジアンは沖縄だけの問題ではなく、日本全体の未来の姿であり、チャンプルー文化はすでに日本全国に広がっている。