JAL

旅モノ

LCCが教えてくれた旅の荷物は7Kg以内が正解という真実

旅慣れたつもりでいても、時々“初心”を忘れる瞬間がある。

この間、LCCより安かったからとJALに乗った。LCCなら当然のように7Kg以内に収めていた荷物を「どうせJALだし大丈夫だろう」と油断して増やした結果、旅の間ずっと重さと嵩張りに苦しむ羽目になった。

そのとき気づいたのは、荷物の制限が緩いほど、旅は不自由になるという皮肉な真実だった。

LCCの7Kg制限は“旅の哲学”だった

LCCの7Kg制限は、単なる料金制度のルールではない。旅人にとっては、むしろ“荷物を削ぎ落とす哲学”を教えてくれる存在だ。

7Kg以内に収めようとすると、本当に必要なものだけが残る。着替えは最小限、ガジェットも厳選、「念のため」の荷物はすべて消える。その結果として旅は軽くなる。 身体も、気持ちも、行動も軽くなる。7Kgというのは旅人を縛るものではなく、むしろ旅の自由を守るためのラインだった。

JALだからと油断した結果、旅が重くなった

JALに乗るとき、人はつい油断する。「預け荷物が無料だから」「多少重くても問題ないから」という理由でつい荷物を増やしてしまう。

しかし、飛行機に乗ってる間は快適でも、旅の本番はそこから先だ。街中の階段、駅の乗り換え、観光地の坂道、そのすべてで荷物の重さがのしかかる。

7Kgを超えた荷物は旅の自由を奪い、行動の選択肢を狭め、気力を削り取る。つまり、JALの余裕は旅人の油断を誘う罠でもあるのだ。

荷物が重いと旅の“偶然”が消えていく

旅の魅力は予定外の寄り道や、 ふと目に入った路地に吸い込まれるような偶然にある。

しかし、荷物が重いと、その偶然がすべて消える。「荷物があるから遠回りはやめよう」「階段があるから別の道にしよう」「荷物を置きに戻らないと動けない」という状況が重なり、旅は“荷物中心の行動”に変わってしまう。

7Kg以内の旅は、偶然を受け入れる余白を持っている。7Kgを超えた旅は、偶然を拒む旅になる。

旅の荷物は少ないほど自由

今回の旅で痛感したのはJALの余裕よりLCCの7Kg制限のほうが、旅人にとってはるかに正しいということだった。荷物が軽ければ、旅は自由になる。荷物が重ければ、旅は荷物に支配される。

旅の荷物は7Kg以内が正解という事実に、もう一度立ち返るべきなのだ。

旅モノ

なぜJAL機内誌の成功者マウントと美談テンプレの押し売りは気持ち悪いのか?

JALの機内誌を開くたびに思うことがある。なぜ飛行機に乗っただけなのに、毎回のように高学歴ハイキャリア野郎の人生訓や、「私はJALしか乗りません」という宗教かと思うような忠誠告白を読まされなければならないのか…と。

機内誌では成功者の価値観や美談テンプレ、伝統文化の紹介を“正しい読み物”として乗客に押し付けてくる。この違和感は単なる好みの問題ではなく、科学的に説明できる“構造的な気持ち悪さ”なのだ。

成功者の「JALしか乗りません」は価値観押し付け

JAL機内誌に登場する人物の多くは、高学歴ハイキャリアだ。一流大学卒、院卒、経営者、文化人、各分野の成功者など。内容よりも肩書きで読者を黙らせるラインナップだ。

しかも、彼らは本気でインタビューの中で「私はJALしか乗りません」と語っている。これは広告心理学でいう「同調圧力型アピール」に該当する。読者に「成功者はJALを選ぶ→あなたもJALを選ぶべき」という構造を押し付ける。セールでLCCより安かったからJALに乗っただけの客に、なぜそこまでの同調を求めるのか理解に苦しむ。

成功者の人生訓を“ありがたがれ”という空気が痛い

成功者の語りは“ありがたい話”として誌面に配置されている。「私はこうして成功しました」「私はこういう価値観で生きています」「もちろん飛行機はJALしか乗りません」 というような語り。誌面からは“JALに乗ってるんだから、あなたも一流エリートである我々の仲間”という謎の空気が漂っている。

だが、飛行機は場末の居酒屋ではない。乗客は飛行機に乗ってまでエリートどもの腐れ説教を浴びたいわけではないのだ。ただ座席に座って、目的地に向かいたいだけである。

「地方×伝統×若い女性」の美談テンプレ

成功者の押し付けの次に来るのが、地方の酒蔵とか伝統文化に従事する若い女性の美談である。これは「感動物語のテンプレ化」に該当する。

「地方×伝統×若い女性」という、新日本海フェリーの船内誌と全く同じテンプレで、読者に“感動しろ”という圧力をかけてくる。本当にその人の人生を描きたいのではなく、業界の将来性や実際の労働環境などには触れずに“綺麗ごと”だけを抽出しているのが特徴。

読者が感動しそうな話を編集部が選んでいるのが透けて見える。「地方で伝統的な酒造りに関わる若い女性って素敵でしょ? 感動してね」という押し付けが強すぎて、“いいねボタン“まで誌面から浮き出ている。

成功者の人生訓と美談の押し売りをセットで読まされると、精神的な満腹感を通り越して胸焼けがする。こちらはただ移動しているだけなのに、なぜ編集部が選んだ“正しい感動”を押し付けられなければならないのか。

ハワイ特集は中流階級の精神安定剤

JAL機内誌で定期的に登場する“ハワイ特集”が痛々しいのは、場所の選定が古いからではない。“誰に向けて書かれているか”が、あまりにも昭和バブルのままだからだ。

誌面が想定している読者は、「海外旅行=ハワイ」という価値観をいまだに抱きしめている“中流階級の亡霊”である。かつての日本人が「自分たちは豊かだ」と信じていた時代の甘い記憶を延命させるための特集だ。

「自分たちはまだ中流」と思い込みたい層への精神安定剤として扱われている。その構造が誌面全体に広がる気持ち悪さの正体でもある。

極めつけはマイル哲学(笑)

JAL機内誌の気持ち悪さを決定的にしているのが、この“マイル哲学”だ。成功者が「これが私のマイル哲学です」「私はマイルをこう貯めています」「マイルには人生の価値観が表れます」などと語り出す。

マイルに哲学など存在しない。どこにでもあるポイント制度だ。使わないで放置していると自然消滅する程度のものを、まるで人生論のように語る。気持ち悪さが限界突破する瞬間でもある。どこにでもあるポイント制度の話を人生訓にまで昇華しようとする姿勢は、もはや宗教じみている。

「JALに乗っているからには誰でもマイル哲学を持っているのが当たり前」と言わんばかりなのは鳥肌物だ。

JALの機内誌は読者の価値観に踏み込む

JAL機内誌は、読者は“こういう話が好きだろう”という前提で作られている。成功者の忠誠告白、美談の押し売り、伝統文化のありがたみの強要。どれも読者の価値観を勝手に決めつけてくる。読者の心に土足で踏み込んでくるメディアは気持ちが悪い。

しかも、その踏み込み方が「JALに乗っている時点で、あなたも我々の仲間」という目線で、実際は手が届かない別世界の話なのに、“少し頑張れば手が届くような話”のように寄せてくるから余計にしんどい。

JALカードの宣伝を“成功者の語り”に混ぜ込む

成功者インタビューの中に、さりげなくJALカードの宣伝を混ぜ込んでくる。「私はJALカードでマイルを効率的に貯めています」「JALカードは人生の質を上げてくれます」という文言が、成功者の語りの中に自然なふりをして挿入されている。

これは広告ではなく“洗脳”である。読者に「成功者はJALカードを使う→あなたも使うべき」という構図を押し付けてくる。ブランド忠誠心とカード宣伝を混ぜたこの手法は、読者の価値観に踏み込みすぎていて気持ち悪さしか残らない。

ちなみに、空港の待合席ではJALカードのカウンター付近の席は勧誘がしつこいので避けるべきである。仮にJALカードを作るにしても、大抵のクレジットカードと同じように、ネットで自分で申し込んだ方がキャッシュバックで得をする。空港では初めてカードを作るという情弱な若者や、ネットに疎い高齢者が捕まっている姿をよく見かける。

JALとANAの機内誌を比較する

どちらも気取っているが、両者は気持ち悪さの方向性が全く違う。

JALの機内誌は、高学歴ハイキャリアの成功者を前面に押し出す。「私はJALしか乗りません」という忠誠告白を本人が本気で語っているのが特徴。これは読者に対して“成功者の価値観を共有せよ”という同調圧力である。

一方、ANAはこれとは違い、文化人や作家の“気取った文章”が多い。「風の匂いが旅の記憶を呼び起こす」「光の粒子が街の輪郭をやわらかく包む」など、読者が求めてもいないポエムを投げつけてくる。抽象的で文学的だ。

ANAはJALほどは階級意識を押し付けてこない。しかし“上質な旅をする自分”という自己演出を求めてくる。“ANAに乗るあなたは、落ち着いた余裕のある大人であり、芸術や文化を理解する存在であるべき”という空気である。これはこれで疲れる。

JALは“階級意識”であり、 ANAは“上質な文化” と、両者は機内誌で押し付けてくるものが違う。

ジェットスターは“くだらない観光地情報”だけで逆に健全

JALもANAも、乗客に重い価値観を押し付けてくる。

しかし、ジェットスターの機内誌は違う。“くだらない定番の観光地情報”を堂々と並べるだけで、読者の価値観に踏み込んでこない。テレビを見ない筆者には顔も名前も全く知らない若いタレントが表紙に載る程度で、成功者も文化人もマイル哲学(笑)も出てこない。

ジェットスターの機内誌は「このド定番観光地、まあ行きたいなら行けば?」くらいの温度感で、ただ淡々と観光地情報を並べているだけである。「私はジェットスターしか乗りません」宣言をする成功者も出てこないし、感動ポエムや美談の押し売りもない。

これがどれほど健全なことかは、JALとANAの“異様な機内誌”を読んだ後だとよくわかる。機内誌は移動中の暇潰しとして読むものだから、これくらいの軽い内容が丁度いい。

結論 ジェットスター以外の機内誌は吐き気がする

JALは高学歴ハイキャリアの人生観を押し付け、ANAは感動ポエムを押し付けてくる。どちらも読者の価値観に踏み込み、空の上でまで“うちの客のあるべき姿”を押し付けてくる。

その点、ジェットスターの機内誌はくだらない観光地情報だけで何も押し付けてこない。機内誌というジャンルにおいては、ジェットスター以外は表紙をめくるだけで吐き気がしてくる。

旅モノ

【LCC】ジェットスターやピーチは客層が悪い? 実際はJALやANAの家族連れの方が騒がしい現実

よく「LCCは客層が悪い」と言われるが、結論を言うと、JALだろうがANAだろうがLCCだろうが、結局同じだ。

暮らしている社会が同じなら、機内に現れる人間の姿も大差ない。マナー知らずの若者も、赤子の泣き声を離陸から着陸まで延々と機内に響き渡らせる家族連れも、隣席まで肘をはみ出すビジネスマンも、飛行機に乗る以上は完全回避は不可能だ。

客層の優劣を語る議論は、人間の醜さを忘れた幻想にすぎない。

客層が悪いと言われるLCCの実際

確かにLCCには、見るからに金を持っていなさそうなガラの悪い若者や学生風、低所得者や年金暮らし風が多いのは事実だ。遅延や欠航が付き物のギャンブルみたいなLCCで仕事の出張を命じる会社はブラックすぎるから、必然的に出張ビジネスマンの乗客は極端に少ない。

そういう光景を見れば、「客層が悪い」と思われる理由もわからなくはない。

静けさを壊すことが多いのは大手の方だった

だが、LCCによく乗る俺からすると、むしろJALやANAの方が機内は騒がしい。

JALやANAは中流階級が多いため、小さい子供や乳幼児を連れた家族連れがよく利用する。そのため、機内にはギャーギャー泣き声が響き渡ることがLCCよりも多い。

乳幼児に「泣くな」と言うのは酷だが、必要な帰省なのか道楽の観光旅行なのかは知らないものの、飛行機に乳幼児を連れて乗る家族連れがLCCよりずっと多いのは事実だ。

結果として、静けさを求めるならLCCの方がマシで、大手の方が騒がしいフライトになることが多い。

客層論争は人間の醜さを忘れている

結局のところ、「どっちの客層がいいか」なんて議論は無意味だ。

人間はそもそも醜い生き物であり、飛行機に乗ればその醜さが形を変えて現れるだけ。所構わず騒ぐ若者グループも、機内で泣き声を響き渡らせる家族連れも、同じように他人にとっては迷惑な存在になる。

結論、それでも客層にこだわるなら

客層にこだわる金持ちは、自家用ジェットを買った方がいい。結局、それが唯一の「静かで快適な空の旅」なのだから。