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2025真冬のオホーツク大逃避行 ~夏の夢の終わりは白銀の真冬に突如として訪れた~

大雪に翻弄される白銀のオホーツク世界へようこそ(女満別空港)

2025年12月中旬。行き先はオホーツク。

この旅は、真冬と題しながらも、夏から秋にかけて行った「真夏のオホーツク大逃避行」シリーズの最終章である。

あわせて読みたい関連シリーズはこちら。

大地震も大雪も両方怖い

俺の本当の意味の夏は、真冬に突然訪れた。

わくわくドキドキな旅の1週間前、青森県を震源とする大地震が発生。北海道の各地にも被害があり、今後1週間程度は後発地震に警戒するよう、気象庁から呼びかけられていた。

首都圏直下型地震や東海地震などは警戒するよう話題になることが多いけども、本州の都市部に比べると相対的に人口も少ないし、経済規模も小さいからか、本当は北海道も大地震の危機に常に晒されているものの、マスコスなどで話題になることは少ないのだとも言う。

俺に関して言えば、北海道は低気圧による記録的な大雪災害。そっちの方が気がかりだった。12月15日は羽田から女満別など、北海道各地に飛ぶ飛行機が軒並み欠航。ちょっとやそっとじやなくて、全便欠航というパターンが多く、羽田から女満別のJALは1日3便だが全便欠航していた。大雪で滑走路が使えないとなると、JALもLCCも関係なく欠航するというのを思い知った。

俺は翌日のJALをセール価格の8千円台というLCC顔負けの料金で2か月前に予約していた。天候不良の欠航なら無料で振り替えできるが、予定が狂ってしまうのは困るから気がかりであった。2時間おきに欠航情報が出ないかをJALのサイトをチェックしていた。

オホーツクは雪が少ないは大嘘

世の中には嘘が真実のように語られることは多いが、「オホーツクは雪が少ない」は大嘘である。

本州日本海側や北海道の日本海側に比べると少ないらしいが、毎年のようにオホーツク地方を走る石北本線が大雪のために1週間近く運休したり、この雪景色を見れば、とりあえず嘘だとわかる。

子供の頃も、一冬で3回くらいは1m級のドカ雪が降ることはあった気がするし、現実はオホーツクは大雪なのである。

飛行機は何とか飛んだものの

俺は空港から街、あるいは空港から最寄り駅までは歩くのが絶対的なルール。だから当然、この日も女満別空港から女満別駅までは歩く予定だった。

しかし、飛行機は予定通り飛んだものの、石北本線は大雪で2日ほど前から全便運休している。除雪の状況次第で復活するかも・・・と淡い期待をしつつも、JR北海道のサイトを見ると本日も明日も全便運休が決定している。

羽田空港ではJALが前日に全便欠航だったことや、搭乗口が変更になったのにアナウンスが一切なかったぞ、と怒っている出張族らしいオジサンがいた。

今時はLCCでも大手でも紙チケットはオプション扱いで、スマホのチケットがメイン。スマホには搭乗口変更の通知が来るが、紙チケット派なは通知されない。JALが悪いかオジサンが悪いかで言うと、飛行機に10年ぶりに乗るならまだしも、全国を飛び回る出張族であるなら事情を学ばないオジサンが悪い。

敗北を感じながら1,600円払って北見行きのバスに乗る

バスで真冬に北見に来ると実際以上に小さな街に思える

空港と街を結ぶリムジンバスというのは、つまらない上に料金は高い。最寄りの主要都市である北見まで40分ほど。料金は1,600円だ。

飛行機は200人くらい乗っていたはずなのに、バスには20人くらいしか乗っていない。となると、他の180人は自家用車やレンタカーってことなのか。実感がわかなかった。

本来なら女満別駅まで歩いて石北本線で北見に向かいたかったが、何度JR北海道のサイトでチェックしても終日運休。夏場なら女満別駅から網走駅まで歩いたことがあるが、冬なうえに大雪だし、北見まで歩くのは不可能。

負けた感じがするが、実際に負けているのだから仕方ない。

女満別空港ではバスのチケットは券売機でクレジットカードや主要な電子マネーでの決済ができる。俺の楽天カードには使わないのに雰囲気で付けてしまったedyという、少なくとも俺の中ではマイナーな電子マネーのせいで、クレカ決済しようとすると残高ゼロのedyのエラーでうまく使えず。

なにか設定すれば出来るのかもしれんけど、面倒なので現金払いした。使わないedy機能なんて付けるべきじゃなかった。更新時以外に機能外すのは再発行になるらしいし、クソ機能。

北見の街は雪山だらけの冷凍庫

北見駅前の様子。雪山で遊んだ子供時代の記憶が懐かしい

リムジンバスなので特に面白いことも何もなく、難なく北見駅に到着。ひとまず、オホーツクに来れたことは良しとしよう。駅前の予約しているホテルにチェックインして荷物を軽くして出発。

俺の感覚では雪が降ると暖かくなるはずだが、この日も氷点下10度くらいと寒いし、次の日やその次の日は、最低気温が氷点下18度まで下がるという本州の生温い冬に慣れた俺にとっては、それは冷凍人間になれという話であった。実際、そこらの家庭の冷凍庫より寒い気がする。

前日は飛行機が全便欠航するし、JRは未だに全便運休するレベルの大雪なので、歩道は場所によっては雪で歩けず。かろうじて歩けるアトラクションみたいな雪道をよじ登ってイオンに向かった。

イオンへの道のりは楽ではなかった(赤線部分が獣道)

北見の駅前はビジネスホテルと居酒屋は大量にあるものの、それ以外には何もないので、結構離れた場所にあるイオンに行かないとロクな食べ物が買えない。

この雪の調子では、石北本線も釧網本線もいつ復活するかわからない。釧路に行きたい気分だったら釧路に行って、「この豚丼」を食べようと思っていたが、この大雪を見る限りは無理。

北見「秋乃家」の豚丼

豚丼はタレで決まる部分が大きい

前回、秋に来た時にはフードコートの「秋乃家」でナポリタンを食べたが、あれから色々調べると国道沿いにある「秋乃家」の本店は北見市民に広く愛されている店だと知った。

豚丼も名物のようなので、雪でここにたどり着いた縁だと思って頼んでみた。「この豚丼」くらいしか比較対象はないが、肉の感じは大体同じ。違うのはタレ。こっちのが味が濃くて、これが北見の豚丼なんだなぁ、としみじみ思う。

数年前に札幌駅直結のステラプレイスという商業施設に入っている何とかという観光客が行列を作るような豚丼屋にノリで行ったが、「秋乃家」とも「この豚丼」とも違う印象に残らない味だったので、「秋乃家」と「この豚丼」はタレ以外は近い系統なのかも知れない。

大雪ではJALもJRもどうにもならないし、俺にしてもどうにもならなかった。旅は現地に行ってみないと分からない。

大雪に加えて体調不良が重くのしかかる

大雪のせいではなく、それとは独立して旅に出る当日朝から体調が悪い。頭痛と寒気がする。

薬飲んでおけば良くなるだろうと思うが、圧倒的な氷点下の世界で免疫力は低下。よくなるはずがなかったのである。

翌日、無料サービスの「なんちゃって朝食バイキング」を済ませ、満足度ゼロでこのホテルは後にした。

歩いて10分の同じようなエリアにある別の馴染みの安ホテルへ移動。9時50分に古いホテルはチェックアウトして、10時過ぎに新たなホテルに荷物だけ預ける。引き換え用に番号札みたいのをくれる安ホテルが多いけど、そういうのがないから不安になったものの、荷物は顔と名前で管理しているようでチェックイン時に何も言わずに用意してくれた。

大雪でオホーツクの街は陸の孤島に

散策に不要な荷物を預けて身軽にはなったが、オホーツクに降り立って2日目にしても石北本線は全便運休。小中学校とかは休みらしいけど、列車通勤してる社会人はどうなるんだろう。

この地にそんな人はいない、いても少数派だから考慮しない、自分でどうにかしろという前提だろうけど、北見から遠軽まで昔は路線バスがあったけど、今は石北本線しか公共交通機関はないし、タクシーで移動なんかしたら、たぶん万単位だよね。

上川~遠軽間は代行バスの計画があったものの、道路も除雪が間に合わず、計画は実行されなかったようだ。遠軽~北見~網走間は代行バスの話は、少なくとも情弱な俺のレベルにまでは降りてこない。

ネットでそれっぽいキーワードで探すと、過去の大雪の時は石北本線が復活するのに1週間かかったらしいし、最悪、北見から一歩も出ずに女満別空港から帰りのJALに乗ることになるのでは、それは我ながら浮かばれないなと不安になった。まあ、運を使い果たした俺だったら十分にあり得る話。

国道沿いの歩道の方が除雪は進んでいる

2つ目のホテルのチェックイン時間までは、駅前では時間潰しすら難しいので、ショッピングセンターなどが多い三輪の方まで歩いて行ってみた。北見に居ても俺はイオンと三輪くらいしか、大雪でも大雪じゃなくても行ける場所がないのである。

国道の歩道の方が除雪がある程度されていて、住宅街の真ん中のような場所にあるイオンへの道のりよりは歩きやすかった。トラックの運転手が「なんでこんなに雪積もるんだよ!」と誰とも構わず、窓から叫んでいた。大体の人がそうだと思うが、この人も足止めを食らったり、予定が狂ったりしたのだろう。

JRは連日の運休を告げる際に「大雪災害」という言葉を独自に使い出したが、どこまでが日常でどこからが災害なのかの境界が曖昧だ。

お得なミニカレーセットもあることに途中から気づいた

三輪ではブックオフ、DCM、コープあたりを見て回る。昼食はここぞとばかりに「さんぱち」に行った。北見のさんぱちに行くのは何気に初めてだが、味は安定のさんぱちという感じ。さんぱちは間違いがない。そして、冬に食べる熱いラーメンこそ、北海道ラーメンの真価である。

ラーメンで一時復活したものの、ホテルに戻ってきたら、風邪と寒さによるエネルギー切れでダウン。3連泊だが、次の日は値段の割にまぁまぁな朝食バイキングを食べたら、石北本線は引き続き全便運休だし、体調悪化で出歩くことは出来なかった。

北見駅での連日の運休を告げる張り紙

小出しで再開情報も掲載されるけど、網走や遠軽に出かけて、やっぱり運休しますとなって、北見に戻れず取り残されたら困る。最近、冬に北海道に来る時に大雪を気にしたことはなかったが、大雪に悩まされる。

日中の-2.8度は暖かい方で最低気温は-18度だとか

旅行に来てホテルの部屋に終日引きこもるものの、外が氷点下10度くらいというのもあるが、エアコンの暖房を全開にしても寒い。北海道の建物は断熱材がしっかりしているはずだが、どこからともなく外の寒さが伝わってくるらしい。北海道のホテルや住宅の断熱性能は、かつて国を挙げて研究された成果もあって、全国の中で最もその性能が高いと思うが、それでも外の寒さでエアコン程度の温風ではかき消されてしまうこともある。

半信半疑で網走と美幌にお出かけ

鉄道旅行に来て4日目にして鉄道に乗車

19日になり、JR北海道の運行情報を眺めると、ようやく遠軽〜網走の普通列車は再開してくれた。上川〜遠軽はまだ除雪中で、快速や特別快速、特急は運休だった。網走から先の釧網本線は全便運休。

正確には前日の夕方から復旧しているらしいが、5日ぶりくらいの始発からの運行だから混み合うかというと全く普通で、乗客はまばら。車社会の地域であることを思い出させるのであった。

電線や線路側に倒れ込んでいる木々が多数

北見から網走方面に向かう車窓からは、防風林や防雪林的に線路脇に生えている樹木が、何本も倒れて電線をびろ〜んとさせていた。

素人感覚だと、電線によしかかっていて大丈夫なのか不安になるが、1本2本の話じゃないので、線路上にまで倒れている樹木は切るなどして撤去したが、それ以外の直接的に運行に影響しないものは一旦放置しているのだろう。全部解決させるには、さらに何日もかかりそう。

網走の街も凍えるほど寒かった

道の駅に出来ていたABASHIRIモニュメント

暖かい格好はして来たが、厚手の長袖シャツの下に来ているフリースの中に、もう一枚、薄手の長袖を持ってきたら良かったかと後悔した。だが、北海道あるあるで、少し歩くと逆に暑くなって汗ばんだりするから、温度調節は難しい。とりあえず、着替え用の半袖Tシャツを2枚重ねて着た。旅先では有り物で何とかするのが良い。

12月の北海道に旅行に来ることは多いが、ここまで雪が多かったのは数年ぶりではないだろうか。2年前に同じ時期に北海道に来た時は、1センチほど薄っすらと雪化粧している程度で、その後に立ち寄った青森や新潟の方が大雪だった。12月の北海道は冬本番という感じじゃないし、本当の本番は1月や2月というイメージである。

網走では駒場の方に歩いて行けたらと思ったが、雪と氷の世界で歩いて行くのがしんどいため、オホーツク海を見て、道の駅に行ったら、3時間ほどの滞在で北見方面の列車に乗り美幌に向かった。釧網本線が不通なので、いつもよりも網走駅は静かなものだった。

美幌の街も雪と氷の世界

美幌駅近くのスーパー「アークス」付近

今年の夏シーズンから祭巡りとキャンプ場視察で、新たに立ち寄る場所の一つとなった美幌町。北見と網走の中間にあり、駅前にはスーパーのアークスとツルハドラッグがある。街中まで歩くと、シティやコープ、サンキ、DCMなどショッピングセンターもある。

街中まで行けたらと思ったが、やはり雪と氷の世界で除雪も主な道しかされていないため、駅前の散策のみで北見に戻ることにした。駅直結の土産物売り場のようなところで、地元のキャラクターグッズなどが売られているが、いつも記念に買おうか買わないか迷った末に買わないという結果になる。

ほとんどどこに行けずに、今夜は3連泊した北見のホテルの最終日。明日はこの旅のハイライトとなるイベントのために、遠軽に向って遠軽のホテルに宿泊する。とりあえず鉄道が回復してよかった。

5日目にして本命の遠軽へ

気温がプラスの8度で嘘のように暖かくて春のよう

遠軽方面の列車が再開するかドギマギしていたが、遠軽に移動する日には順調に回復してくれた。ただ、体調は依然として悪く、頭痛と寒気で耳鳴りがするし、景色を見ているようでも意識がぼ~っとしてくる。

コロナ禍以来の習性で大量の常備薬とビタミンCなどのサプリメントを携帯しているので助けられたが、常備薬が旅の終わりまで持つか不安になってきた。買えばいい話だけど、リムジンバスに引き続いて、さらに敗北が増える感じがする。そもそも、風邪に対する薬というのは対処療法でしかないから、回復には7日~10日程度かかるわけでもある。

遠軽の街も大雪は大雪であったが、俺には懐かしい光景でもあるものの、中心部の歩道はロードヒーティングが入っていて、路面も見えているし、北見や網走よりずっと歩きやすいのである。比較しないとわからないが、遠軽の中心部は冬でも歩きやすいのである。

雪で覆われたコスモス園

太陽の丘の方に行くと、どこも雪で覆われているわけだが、雪原をクロスカントリースキーで移動している人が何人かいた。この地で行われる国内最長距離だというクロスカントリーの退会の練習だろうが、除雪されていない雪原を移動する手段としても実用的なものであると思った。

夏場は太陽の丘は大きなイベントが行われるが、冬の間は施設のほとんど全部がクローズ。冬場に行われる近年新しく出来たイベントは、メトロプラザや街中の広場などが会場になるようだ。

まさかのBunny’s解散の告知

Waku Waku Bunny’s Festival 2025 の会場入り口(メトロプラザ)

今回の旅行には珍しくテーマがあって、それは「Waku Waku Bunny’s Festival 2025」という地元で結成8年になる実力派のチアダンスチーム「Bunny’s」のイベントに参加するためである。イベントに合わせて2か月前から日程を調整していた。むしろ、2か月前から人生の目的が「Waku Waku Bunny’s Festival 2025」になっていた。

地元に住んでいなくて相対的に情弱な立場にある俺は、唯一の情報源であるインスタからイベントの最新情報をチェックしていた。大雪などの影響で開催日時が変更になったりしていないかなどを現地でもチェックしていたのである。

ところが、開催の3日前頃に今回の「Waku Waku Bunny’s Festival 2025」をもってBunny’sが解散するという、頭をかち割られたような衝撃的な告知がされたのである。何かの冗談か、投稿間違い、今日はエイプリルフールなのかと情報が頭の中で混乱した。

8年活動していて近年は地元イベントでの常連であるとは言っても、俺がBunny’sを知ったのは今年9月の「物産まつり」からである。生まれ育った街だけに「へぇ、こんなド田舎に今はチアダンスチームなんてあるんだ」というのが率直な感想で、実際には地元アイドルユニット「E-cute」目当てだったこともあり、いくつかあるダンスチームの一つというのが最初の印象だった。

その後もコスモスフェスタなどでオホーツク地方のダンスチームを数多く見たが、Bunny’sは数あるダンスチームの中でも実力派のチームだというのはすぐにわかった。実際、順位を競うイベントでは1位になったこともあり、他のダンスチームとはレベルが違うというのを感じていた。

また、ダンスイベントというものに初めて興味を持つきっかけを与えてくれたというのもある。首都圏や九州など、様々な地域のイベントで披露される各地域のダンスチームのダンスを見に行ったりもしたが、Bunny’sのダンスは都市部のチームに引けを取らないどころか、技術や演出が上回っているようにも感じた。

さらに、「チア」というものに初めて興味を持つきっかけにもなったというのもある。近所で開催された地域イベントで、地元の女子高生によるチアリーディングというものを見に行ったりもした。チアダンスとチアリーディングは名前は似ているようで、かなり別物だったのだけど、チアという知らない世界を教えてくれたのがBunny’sだったのである。

地元を捨てた時間そのものを思い知らされる

8年も活動していたチームなのに知ったのが3か月前というのには理由がある。それは実際問題として、道外に在住している限り、9月や10月などの土曜日や日曜日、平日の夜にピンポイントで開催される地元イベントにピンポイントで訪れるというのが困難だからである。

今年は多額な飛行機代やホテル代などの費用面を別にすれば、たまたま日程調整が付きやすい状況にあったというだけで、誰であっても道外で会社勤めなどをしている普通の社会人が連休などではない何でもない土日に、この地のイベントにふらっと顔を出すのは困難なはずである。札幌市内だったら飛行機の便数も多いし、LCCも数多く飛んでいるからまだしも、女満別なしてもJALとANAしか選択肢がない。

この問題は、今まで目を背けてきた「地元を捨てる」という行為は、地元での時間や出来事を全て葬り去るということと同じであると俺に再認識させた。

俺はこの8年間だけにしても、どれだけ下らないあらゆることに時間を費やしてきたのだろうと思った。そして、この問題はこれからもずっと続いていくことになり、俺は葛藤し続けることになるはずだ。

涙溢れるBunny’s解散イベント

Bunny’sの解散は俺自身における8年間という失われた時間や「虚無」というものを連想的に思い知らされることとなった。

俺はインスタしか情報源がない情弱だから、3日前まで何も知らなかったというのも有り得る。地元界隈では事前に知られていたことだったのかもしれないが、少なくとも、2か月前のハロウィーンイベントではそんな言及はされていなかったと思う。本番当日までメトロプラザの掲示板にはメンバー募集の張り紙があったから、本当に直前に何らかの事情で決まったのかもしれない。

そういえば、俺はこの時までBunny’sというものをよく知らなかった。イベントでの代表の方の言葉によると、子供の頃から地元の老舗ダンスチーム「ライベリーキッズ」でダンスをしていて、当初は北海道の某プロ野球チームのチアダンスチーム入りを志していたが夢叶わず、地元でチアダンスチームを立ち上げたのだという。

俺はプロ野球というものに全く興味がないから、プロのチアダンスチームというものが日本に普通に存在しているのも知らなかった。調べると、AKBとかそこらのアイドルユニットみたいに、メンバーの名前やプロフィール画像が大きく載っていたりする。

都市部なら今や全国各地にダンスチームやダンス教室は溢れかえっているが、地元という制約の中で新たに立ち上げられたチームだという思うと余計に凄さが際立ってくる。そんなチームなのに解散という決断に至ったのは、勝手な想像でしかないが、やむを得ない「大人の事情」があったのだろう。パフォーマーとしての“外側に見せる部分”とは別に、運営コストや家庭や地域の事情など、いくらでも解散しないとならなくなる事情なんてあるのだろう。大人のインストラクターや運営関係者が何人かいるように思うけれど、体制を変えて引継ぐなどではなく、あくまで解散という選択である。

「来年以降はどうやってBunny’sのイベントに来れるように調整しようか」などと、永久に存在する前提で悠長なことを思っていたけれど、どう調整しても永久に叶わないことになってしまった。個人的には「新Bunny’s」のようなものが立ち上がったら、ぜひ応援したいと思うし、なんとか調整して見に来られたらいいなと思っている。

この日、安定の山岡家で味噌ラーメンを食べてから、冬は大雪などの交通懸念もあることから、予約していた遠軽駅前のホテル「タカハシイン」に泊まった。

やっぱり凄いぞスーパーホテルのウェルカムバー

この旅行では遠軽に1泊、北見に3つのホテルで1泊、3泊、1泊としたが、最後に宿泊したのは北見のスーパーホテル。

ここのホテルは出張ビジネスマンが多いからか、日曜宿泊は価格が安くなることが多いらしく、楽天のセールも使ったら10年近く前に泊まった時と同じくらいの価格で泊まることができた。その価格、朝食バイキング付きで3千円台である。

ちなみに、北海道は2026年4月から宿泊税というものが北海道全域で宿泊代に応じて100円~、主要都市では200円~がさらに課されるようになるらしい。これ、外人とか金持ち観光客から金取るのは全然いいんだけど、北海道に本籍があるような帰省客は対象外にして貰えないかしらん(苦笑)。高級リゾート扱いされても困るんだけど。


気を取り直してスーパーホテルの凄い所を紹介すると、心地のいいマニュアル接客は気を使わなくてラクチンだし、なんと言ってもウェルカムバー。

酒好きなら2千円分くらいは浮かせられる(?)


ウイスキーなどの洋酒はもちろん、地元の日本酒も取り揃えている。旭川の「男山」と根室の「北の勝」だけでも泊まって正解だと言い切れる。そんなに美味しくなかったが、北見の玉ねぎ焼酎なる珍しい酒もあった。

部屋の中も何と言ってもスーパーなだけあって、北海道で今回ホテルで唯一、暖房がきちんと機能していた。暖房は普通にエアコンタイプだったが断熱性能が違うのだろうか。


朝食バイキングも今回泊まった中では抜群に充実している。夏場だとそうは行かないと思うが、これで3千円台なのだから文句なしでスーパーなホテルだ。

女満別駅から女満別空港への徒歩旅

帰りは予定通り、空港まで女満別駅から歩くことにした。

夏場に1か月近くを過ごした場所

今年の夏に1か月近くを過ごした湖畔のキャンプ場は雪に覆われていた。夏場はゴミゴミした都会にいるよりずっと快適で、食費や風呂代はともかく、水道光熱費はかからないし、ぜひとも一生ここで過ごせたらと思ったが、雪が降り積もる土地であるだけに、一生どころか冬を越すことすら難しそうだ。

厳密には特に季節でクローズするということもないから、これはこれでキャンプ場だけど、南極観測隊くらいの装備がないと一生ここで快適に過ごすのは難しそうであった。雪が解けて夏になったらキャンプ生活にカムバックしたいが、できるのかな・・・。

ギリギリで歩道は歩くことができる

冬場に女満別駅から女満別空港に歩くのは初めてだったが、空港通りという立派な名前が付けられた通りからアクセスすると、歩道は1日~2日前くらいに除雪された感じで、普通の靴でもギリギリ歩ける部分が多かった。

飛行機に付着した雪を除雪する車が故障したらしい

女満別空港に着いて搭乗を待っていると、何やら飛行機に付着した雪を除雪するための作業車が故障したらしく、近くの別の空港から代わりの車を取り寄せているから出発が遅れるとのアナウンスが流れた。

近くの別の空港って? という感じだったけど、帯広空港という近くとは思えない空港から取り寄せていたが、1時間遅れ程度で出発できた。ビジネスマンの人とかは帰れないと困る、ふざけんなとヤキモキしていたが、俺に至っては、今回は色々と心が揺れたせいで、帰れても帰れなくても、そんな些細なことはどっちでもいいと思った。

ただ、また雪道を歩いて女満別駅まで戻るのは嫌だなぁ、と思った。でも、JALだし帰れなくなったらホテル代とか、なんなら北見までのリムジンバス代も出してくれるだろうから、帰れなくてもいいかなと思ったくらい。

来年からのビジョンは真っ白な雪原のように、真っ白に塗り替えられた旅であった。

WEB制作

【実践】ブログ記事を生成AIで制作するメリットとデメリット

画像はディスカス

ブログ記事を書く時、ChatGPTなどの生成AIを制作過程に取り入れることは、今や企業でも個人でも広く行われている。

勉強がてら、実際にやってみて感じたメリットとデメリットを書いてみる。

上場企業もブログ記事をAIで書いている時代

先日、とある東証プライム上場企業が運営する某中堅旅行系サイトのオウンドメディアを見ていたら、「飛行機に持ち込めるカメラは一人一台までです」という、オヤツは一人300円までみたいな、かつて聞いたことのない話が書いてあった。

保安上の理由でライター1個までというのはあるけど、カメラの台数なんて聞いたことない。スマホにすらフロントとリアに2台カメラあるし。誰でもアウトじゃん(笑)

他にも、「手荷物検査ではフィルムがX線で露光してしまうので目視確認にして貰いましょう」と、これまた、いつどこの時代の話ですかと思うような解説になっていた。個人的にはフィルムカメラを使っていた時代に海外数カ国を旅したが、手荷物検査ごときのX線で露光したことなどなく、まして今時、普通の一般人でフィルムを使う人は超少数派である。

マトモに旅している旅行系ライターだったら、こんな記事は書かないのだが、これって生成AIで専門外の人が作って内容のチェックを怠ったたんだな、上場企業でも今はこんなふうな運用なんだな、と感慨深かったのである。

実際に生成AIを活用してブログ記事を作成する過程

結論を言うと、良くも悪くも相当時短になる。

人間がマトモに手と頭を使って、細かな記憶を思い出したり、資料を参照したり、構成を練ったり、SEOを考慮に入れたり、そもそもタイピングしたり、誤字脱字の修正などをして、最低8時間はかかるような記事でも、生成AIなら10秒で「下書きレベル」のものをざっくりと作ってくれる。人間ならば、どんな凄腕ライターでも10秒では下書きレベルだろうと書けはしない。

それで人間様は何をするかというと、プロデューサーやディレクター、編集長としての立ち位置で、タイトルやテーマ、こんな感じのことをこんなふうに書きたいんだ~と、部下や外注のライターに指示を出す感じと同様のことをする。

AIはざっくりした下書きっぽいものを出してくれるが、大抵は改行や段落分けがおかしかったり、いらないステレオタイプな内容やら不自然な言い回しや、サイトの体裁に合わない装飾や記号を入れてきたりするから、そういうのはしないでとダメ出しを5往復から10往復くらいする。

人間の部下だったら5回も10回もダメ出ししたらモチベーションが下がり、ブラック上司扱いになって互いの信頼関係を無くしてまうが、AI相手の場合は何度でもダメ出ししてもグレはしない。

ただ、こっちの指示やニュアンスを思ったように伝えるのは難しく、田舎の頑固爺みたいに頭の硬い人間を相手にしている印象。ざっくり修正して貰ったら、そこからは自分で加筆修正したほうが早い。

AIは「ああ言えばこう言う」ムカつく人間の典型

記事を作っていくためには、AIと何度も壁打ちすることになるが、所詮はプログラムだなと思うことがある。AIは世の中の色々な事象をステレオタイプで認識していて、「旅人はこんな感じの貧乏な人種」とか「差別的な表現はNG」とか、記事のテーマのために必要でも拒むことがある。

まあ、そのへんの理屈っぽい人間を5倍くらい理屈っぽくした感じ。細かいダメ出しを続けていくと、屁理屈ばっかりこねてるように思え、しかもAIは人格的なものが複数あって、AIをマトモに相手すると人間側が壊れる。

作れない記事というのもあって、海外で作られているからか、特に特定の国民や人種差別に関係したテーマは「書けない」と拒否されるし、「自殺」というワードが文脈の都合で入っているだけで「命の電話」の案内が出てきて記事作成が出来なくなったりする。記事に必要な内容だとしても性的な話題とかも一線を越えると、応答不能というエラーになってしまう。

AIが得意なのは構成がかっちりした記事

AIに向く記事、向かない記事というのがある。

俺なんかだと自分で記事を書く時は、構成は行き当たりばったりで、それが味だと勝手に思っている。頭から思ったように書き綴っていくだけ。ちゃんとしたプロのライターとか作家とかだと、まず構成を考えるところからスタートするのかもわからんが、俺はそのスタイルを採用することは通常ない。

でも、AIは起承転結などの全体構成を決めてから、中身を書いていくようなので、俺とは違って構成がかっちりしたものに仕上がる。逆に、構成がどうのっていうより、感覚的なエッセイっぽい記事は、どこのステレオタイプを学んだのか、情緒もへったくれもない、語尾だけ砕けただけのボツ原稿を出してくる事が多かった。「くだけた感じで」と指示すれば、それっぽい感じに調整はされるけど、どうにもステレオタイプな、くだけた文章になる。

ビジネスライクな記事や、構成がしっかりとしている固い論文調の記事はAIは得意で、反対に人間の“揺らぎ”や“味わい”が重視されるような、エッセイ風や日記風のは適さないということである。

文書の繋がりがおかしかったり、句読点の使い方がおかしかったするのは、人間でもAIでも起こる。対して、人間では避けられない打ち間違いや変換ミスはAIにはない。

自分がその分野に詳しいことが大前提

それが仕事として対価を貰って一本いくらで書いている記事であったりするならば、AIは構成や下書きをざっくり作る程度に留めた方がいいと思う。

冒頭に例として出した旅行会社のオウンドメディアのように、その分野に詳しい人がチェックして加筆修正しないと、どこの世界のいつ時代の話だよっていうのを真実っぽく書いてくる場合がある。

AIは屁理屈の塊のうえ、自分の知識に絶対の自信があるようなので、上司や監督官として内容のチェックを厳しくやらないとならない。あくまでもキータッチを代行させてるような考え方がよいと思う。

SEOに強い記事がAIで作れるかどうか

SEOに強い記事がAIでなら作れるということをよく言われるけど、テーマや企画を考えるのは人間なので人間次第である。

キーワードを散りばめるとか、その手のことは人間でもそれなりの経験者は自然とやってるし、「SEO担当者」みたいのがいるWeb系企業では数値的に「このキーワードを何回使う」的に対策しているから、AIだからどうのっていうのはないと思う。

まぁ、俺は怪しいSEOコンサルタントの講座を何回か受講したことがあるけど、実際に運営している俺の感覚からすると噓ばっかりだったから、その界隈は信用していないのだけど。

生成AIで記事を作ることはリスクなのか

よく言われるけど生成AIの文章はリスクなのかどうかについて。要は、包丁や車は便利だけど、使い方を間違うと凶器になるのと同じで、人が適切にコントロールする必要はある。

構成の骨格や、人間が売ってもAIに出力させても変わらないような部分を、時短と省エネのために活用するだけである。料理する時に、米を野菜の栽培からやるか、ある程度は出来上がっているものを買ってきて利用するかの違いに似ている。

人間が全部書いた記事が絶対安全なのかというと、そんなことは断じてないから、そこまで単純な話でもない。むしろ人間の方が感情で動いているぶん、AIより振れ幅は広いはず。そのへんはモノを作る側の宿命ではないだろうか。

また、AIはランダム性があるから、例え同じ指示でも同じ文章ができることは通常ないので、既存の文章と全く同じものが出来上がることは確率や理屈で言えば、理論的にないのではと思う。

味のある文章は人間、どうでもいい記事ならAI

企業のSEO用ブログだと味もへったくれもないからAI手抜きの典型だと思う。ただノーチェックだと、その分野に詳しい人にアレって思われて、企業の信頼問題になる。

対して、文章の味にこだわっている人や、固定ファンが多いような媒体、文章そのものを値段を付けて売っているような場合、AIの手抜きは自分の価値を下げることになると思う。

俺がやってるようなサイトは、10年やってても「いつも更新楽しみにしています。頑張って下さい」なんてお便りを貰ったことは、自慢でないけどモノの一度もない(笑)ことから、固定ファンらしい固定ファンなんて存在しないはずなので、記事やテーマによってAI時短するのもアリかなとは思う。何とかと何とかは使いようってやつか。

自分にない語彙や言い回し、トーンなんかを見せつけられると、一人の人間の限界を痛感することもある。時間とエネルギーが無限だったら自分で全部やりたいが、使えるものは活用するアリなんではないかと思うものの、モヤモヤ感はゼロではない。

企業のSEO用ブログなんかでも、AIによる記事作成に取り組んでいる所は多いのは明白だけど、生録音の音楽制作とDTMみたいな既存の録音音声の繋ぎ合わせで作られる音楽の違いに似ているかもしれない。

コネタ

プロフィールを学歴で花咲かせる日本特有の“忍者社会”が持つ違和感

著名人にしろ一般人にしろ、プロフィールを学歴で花咲かせている人を見ると、どうにも滑稽さを覚える。本人は「信頼性の証」だと思っているのかもしれないが、見せられる側からすれば「知らんがな」で終わる。

幼稚園しか人様に誇れる学歴がない自分からすると、こうした“学歴ありき”なプロフィールは、どうにも疑い深い気持ちになる。

忍者における手裏剣としての学歴

プロフィールに「◯◯大学卒」と書く人々は、まるで忍者における手裏剣のように、学歴を武器として常に携帯している。必要があればすぐに手裏剣を取り出し、「俺は◯◯大学出身だぞ」とマウントを取る。

だが、その手裏剣は実戦ではほとんど役に立たない。むしろ「学歴を振り回すしか能がない人」という印象を残すだけだ。

一般人まで学歴武装する異常な日本

著名人や経営者ならまだしも、アメブロやSNSの一般人までもが「学歴武装」しているのは、もはや社会問題だ。

肩書きが信用の通貨になりすぎて、誰もが「学歴という手裏剣」を携帯していないと不安になる。結果として、日本人のプロフィール欄は「忍者の武器庫」となり、その異様な光景に違和感を覚える。

“学歴自動改札機”だらけの日本社会

日本名物の新卒一括採用では「学歴フィルター」が堂々と機能している。大学のランクで足切りされるのは当たり前だ。

まるで「学歴順に人間を仕分ける自動改札機」である。これでは、出身大学名などの学歴をプロフィールに貼り付けたくなる気持ちもわからなくはない。だが、それは「自分の物語を語る」ことを放棄して、「過去のラベルにすがる」行為に他ならない。

海外と比較すると“学歴忍者社会”は日本特有

海外でも、ハーバード大学やオックスフォード大学などの一流大学卒という肩書は、就職や人脈づくりには役立つ。ただ、日本と決定的に違うのは、その“見せ方”だ。

海外では「どこで学んだか」よりも「何を学んで、どう活かしているか」が重視される。例えば LinkedIn(リンクトイン)という世界的なビジネスSNSでは、プロフィールの主役はスキルや職務経験。

大学名は補足情報として小さく載る程度で、「今の自分」をどう表現するかが大事にされている。ハーバード卒であっても、プロフィールの冒頭に「ハーバード大学卒」と大きく掲げる人はほとんどいない。

プロフィールで堂々と出身大学を掲げる日本人

一方、日本ではプロフィールの冒頭に「東京大学卒」と堂々と書く人が多い。まるで忍者が手裏剣を片手に「俺は信用できるぞ」とアピールしているようだ。しかも、それは著名人や経営者だけでなく、一般人にまで広く観察できる。ここが日本の“異様さ”だ。世界的に見ても、一般人がここまで学歴をプロフィールに貼り付ける文化は珍しい。

つまり、学歴を気にするのは世界共通。でも、日本では学歴を一般人までもがプロフィールの武器として利用する“学歴武装忍者”が多い。過去の学歴を見せびらかすよりも、今現在の活動のほうがずっと説得力があるはずなのに、なぜか日本では「学歴=信用の証明」という幻想が根強く残っている。

過去の栄光に頼るロジック

学歴は“過去”における努力の証と考えることもできる。しかし、それはあくまでも過去の話にすぎない。プロフィールに「一流大学卒」とデカデカと書くことは、現在や未来の活動ではなく、学生時代という過去を重視している人間であることを示してしまう。

それはまるで、「昔はモテたんだ」と延々と語り続ける中年オヤジが寒いのと同じように、聞かされる側は寒さしか感じないことの方が多い。

実体験から考察する“学歴依存症”の姿

かつて私は「東大卒の社長が率いるベンチャー企業」の面接に行ったことがある。

肩書きだけ見れば、いかにも優秀そうで信頼できそうに思える。スーツの生地も、横文字がやたら多い話しぶりも、どちらも立派だった。

だが数年後、その会社は倒産して跡形もなく消えていた。日本最高峰とされる大学ですらこうなのだから、結局のところ、学歴は信頼を示すものではなく、むしろ“詐欺的なブランド利用”に近いケースすらある。

「◯◯大学△△学部卒」ロジックの破綻

意外とよく目にするが、「◯◯大学△△学部卒」と学部まで細かくプロフィールに書く人がいる。だが、それを目にする大多数の人は、その大学のその学部に通ったことがないし、偏差値事情に詳しい人事部の面接官でもない。学部まで細かく聞かされたところで、レベル感やイメージはわかず、「んー、聞いたことないね」という冷めた一言で終わる。

結局、「◯◯大学△△学部卒」という肩書きは、本人の中では輝かしい勲章なのだろうが、他人にとっては「過去の栄光を現在進行系で必死に抱え込む人」という印象しか残らないことが多い。

権威付けは逆効果になることも

心理学的には、人は権威に弱いとされる。

学歴や肩書きは説得力を増すための典型的な“権威付け”の手法だ。しかし、過剰に強調されると逆効果になる。

「この人は学歴に頼っている」と感じ、むしろ信頼を失う。学歴を強調すればするほど、現在の姿が薄っぺらく見えてしまうのだ。

プロフィールの“冷蔵庫ラベル”

プロフィールに「一流大学卒」と書くのは、冷蔵庫に入っている古い食材に「賞味期限:2005年」とラベルを貼って誇らしげに見せるようなものだ。

昔は新鮮だったかもしれないが、今や未来の活動に直結しているとは限らない。見せられる側からすると「いつまでそれを出すのか」とツッコミたくなる。

肩書きよりも“現在の物語”を

学歴武装した忍者社会の違和感は、つまるところ「過去の栄光に頼る不自然さ」に尽きる。学歴などの肩書は背景であり、主役は現在の活動だ。

どんな価値を生み出しているのか、どんな物語を紡いでいるのか。手裏剣を見せびらかすよりも、今の姿を語る方が、遥かに健全なのは明白だ。