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高倉健『網走番外地』シリーズのよくある誤解とオススメ3作品を紹介(ネタばれアリ)

画像は網走監獄(博物館)にて撮影

『網走番外地』という言葉だけは聞いたことがあっても、それが1960年代~1970年代にかけて、社会現象というほどの人気を博した高倉健さん主演で、計18作品もシリーズが続いた映画だということをスパッと答えられる人は現代では意外と少ないのではないだろうか。

網走番外地も高倉健も知らない若い世代

この記事を書きたいと思ったきっかけだけど、最近の若い世代だと

網走番外地→知らない
高倉健→知らない

というケースもあるというのを身をもって知ったからである。

日本映画を代表するような作品かつ、日本を代表するような名優が主演なのが網走番外地である。

企業でエンタメやマーケティング、広報などに関わる仕事をしているなら一般常識的に知っておくべきだし、ほぼ教養のレベルだと思うので、『網走番外地』をよく知らない人のため、よくある誤解と特にオススメしたい3作品を厳選して紹介したい。

網走番外地のよくある誤解

人はよくわからないものに対して偏見を持ったり、自分に都合の良いように事実をねじ伏せて理解しようとする生き物だけど、網走番外地によくある誤解は次のようなものである。

切った、刺した、撃ったの血生臭いヤクザ映画

『ぽっぽや』などで高倉健の映画をある程度は観たことがある人でも、網走番外地の視聴を避けている場合、網走番外地は暴力描写満載のヤクザ映画という印象を持っているようだ。

しかし、実際に網走番外地を観ればわかる。

最終局面では敵対するヤクザ組織との乱闘や銃撃戦になったり、ケジメを付けさせるために小指を切り落とすような描写も多少はあるものの、映画のほとんどの時間は、『ぽっぽや』と同じような暖かな人情ドラマが展開されるのが通例だ。

コメディタッチだったり、ヒロイン役が登場して恋愛やラブロマンスを連想されるシーンだったり、友情や家族愛など“人間の絆”を感じさせる熱い作風は定番中の定番である。

いわゆる“ヤクザ映画”という単純な括りでは語れないのが網走番外地の魅力なのだ。

網走や北海道が舞台の映画

『網走番外地』というタイトルだけ見ると網走が舞台の映画シリーズのように思えるのは仕方がない。

実はこれはトリック。実際は単なる看板みたいなもので『名探偵コナン』と同じような意味合いでしかなく、舞台となる場所が限定されるような性質は全くない。

網走番外地、すなわち網走刑務所を出所したあと、主人公は北海道から沖縄まで全国各地の行く先々で活躍するのが網走番外地シリーズなのだ。

古い映画だから簡単に視聴できない

古い映画の場合、モノによっては権利関係などで現代的な手段では視聴する方法がない作品もある。配信がなくて、VHSやLDしか方法がないという場合もあるだろう。

しかし、網走番外地シリーズは映画史に残るような人気シリーズのため、主要な動画配信サイトで視聴することができるし、DVDやブルーレイを購入したりレンタルして視聴することもできる。

60年くらい前の作品なのに、これだけ視聴しやすいのも珍しいのではないかと思うほどである。

1作品目から順番に観ないとストーリーがわからない

シリーズ作品だから1作目から観ないとならないというのも誤解されやすい。

網走番外地シリーズは『サザエさん』などと同じで、基本的にストーリー的な繋がりというのはシリーズの前後に存在しない。

例えば、刑務所を出て敵対するヤクザを始末してハッピーエンドになった次の作品では、また刑務所に入っていて全く別の話が展開されていたりするのは網走番外地シリーズでは当たり前。

主人公の名前と大まかな設定が共通しているだけで、それぞれの作品で1話見切り型なのが網走番外地シリーズである。

そのため、気になった作品だけを観ればストーリー的な不完全燃焼は起こらない作りとなっている。

網走番外地シリーズのオススメ3作品

網走番外地シリーズは監督などのスタッフや主人公の名前の違いで、大きく前半の『網走番外地シリーズ』と後半の『新網走番外地シリーズ』に分けられる。

入門者にオススメしたいのは、網走番外地の人気を決定づけた前半の『網走番外地シリーズ』だ。

特に押さえておきたいのは次の3作品である。

1位 第4作『網走番外地 北海篇』

ファンの間でもシリーズ最高傑作と扱われることの多い作品。1965年公開のカラー作品。

雪が舞う厳寒の北海道が舞台となっており、文句なしで「これぞ網走番外地!」と言えるほどの代表作である。

舞台となるのは網走~釧路あたりの道東。

序盤はテンプレ的にテンポのよい刑務所内のコメディシーンが展開され、出所後はオンボロトラックで麻薬の材料とギャングと家出娘を積み込み、ペンケセップ(網走番外地によく出てくる地名)を目指す。

雪が舞う道中では、骨折した女児と売春婦、心中に失敗した高級婦人をピックアップする。後半では刑務所内で知り合ったダチ公の仇を打つという、ヤクザ映画的な熱い描写もあり、観る人を飽きさせる暇がない作品となっている。

2位 第6作『網走番外地 南国の対決』

こちらは舞台が一気に沖縄となるシリーズ最南端が舞台の作品。1966年公開のカラー作品。

北海道の最果ての網走から一気に沖縄に飛ぶのも凄いが、1966年の沖縄と言えば、当然にアメリカ統治下の沖縄である。パスポートがなければ行けなかった時代だ。

個人的には沖縄病により返還後の2000年代の沖縄には何度も行ったことがあるが、アメリカ統治下の沖縄の映像を見るのは初めてだった。映画以前に映像資料としても貴重で、一般の沖縄ファンにも観てもらいたい映画だ。

パッケージからは想像しにくいが、ストーリー的には温かな家族愛を描いていたり、アメリカ統治下の沖縄の庶民の生活がわかるような作りとなっている。

エイサーなどの沖縄文化が紹介されていたりして、ちょっとした旅行気分、いや時空を超えたタイムトラベルを体験できる作品だ。

3位 第1作『網走番外地』

すべての始まりだった記念すべき第1作目。1965年公開のモノクロ作品。

シリーズでは唯一この作品だけがモノクロでの制作となっているが、ヤクザ映画は収益が少ないからコストが抑えられるモノクロで十分という偉い人の判断だったという。しかし、想定外の人気により以降の作品は全てカラーで作られている。

映画のでは蒸気機関車が走る釧網本線のシーンを鑑賞できるのもポイント。序盤で網走駅として登場するのは、オホーツク海に最も近い駅として知られる北浜駅である。

家族愛や友情をテーマとして、人情味あふれる温かな作風は、以降のシリーズにもしっかりと引き継がれている。

余談 網走番外地の“番外地”の意味

番外地とは住所表記で「〇丁目〇番〇号」などが定められている場所を言う。無番地とも言う。

網走刑務所の場合は本来は「無番地」という表記だったが、後に番外地という俗称的な呼ばれ方をするようになったらしい。

全国には番外地や無番地は色々とあり、有名どころだと東京のJR四ツ谷駅やその近辺、宮崎空港、JRの敷地や国有林内の山小屋や三角点の所在地、自衛隊などが使っている土地などに多いという。

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【日和見主義】俺が出会った仙台人たちの傾向から仙台人の手のひら返し気質を考える

仙台の街を制圧したイオン

俺はこれまでの人生で仙台人(ここでは仙台で生まれ育った人と定義)の上司を2度ほど連続で持った経験があり、サンプル数は少ないものの、それなりに仙台人の表と裏、中身を知っているように自覚している。

地元の北海道に鉄道で行き来する時に仙台の街に立ち寄ったことは何度もあるし、仙台発祥の地元ローカル大衆食堂「半田屋」で何度も食事したことがあるから、多少は仙台を知っているとも言えるはずだ。

あくまで主観によるものだし、全ての仙台人を調査したわけではないから、この傾向に当てはまらない仙台人もいると思うけれど、これから仙台人の上司を持つかもしれない人の参考になればと思って、仙台人の気質について記述することにした。

仙台人の気質1 とにかく「ずんだ餅」が好き

仙台や宮城県に縁もゆかりもない他地方の人間からすると、通常は「ずんだ餅」を日常的に食べることはおろか、ずんだ餅を気にかけることは一切ないはずである。

しかし、仙台人の場合は違う。ずんだ餅に並々ならぬ拘りと情熱を持っていることが多い。

正月やお盆などの連休明けには、仙台の有名店で買ってきたという、拘りぬいたずんだ餅を手にしていることが多いのが俺がイメージする仙台人だ。

「〇〇の店は素材がどうの~」とか、ずんだ餅の違いを長々と聞かされることも多く、ずんだ餅に全てをかけているような仙台人も少なくはない。

仙台人の気質2 都会に媚びて田舎を見下す

仙台中心部に生息する鳩の大群

地理的なことで言えば、仙台は東北随一の大都会。

100万都市である一方、格上の大都会である東京と、同じく格上200万都市の札幌の中間地点にある。

まだ新幹線が札幌まで開通していないものの、いずれは東京と大阪の間に位置する名古屋みたいなポジションに近くなる定めにある。

とは言っても、東北地方には地下鉄が走っているレベルの都市は仙台以外には存在せず、近隣の東北各県出身の人間を田舎者扱いする傾向にあるという。

地理的条件があるとは言え、格上の都会人には媚びる一方で、格下の田舎者を見下す傾向はタチが悪いと言わざるを得ない。

同じ現象は北海道にもあるが、札幌人(東京人に媚びるが道内の田舎出身士者を見下す傾向)に近いものがある。

仙台人の気質3 日和見主義で手のひら返しが日常茶飯事

仙台人の上司を持って痛感したのが、仙台人は日和見主義だということ。

自分の信念や拘りが薄い、もしくは拘りがあったとしても自己中的な薄っぺらい拘りに過ぎないため、職場で意見が割れた時などは、その場その場でより権力の強い側にコロッと立場を変える傾向にある。

仙台人は「仕事はそつなくこなすが上昇志向はあまりない」という意見もあり、元々の仕事のスキル自体は大したことない場合も多いため、強者の側に付くことことでその高いプライドを保とうとするのだと思う。

仙台人の気質4 半田屋の話題が嫌い

見た目ほどは美味しくない天ぷらそば

仙台人だったら誰でも知っているのが大衆食堂の半田屋。

仙台以外にも札幌や関東地方にも少し店舗はあるのだけど、他県の人間に対して誇れるものだとは思っていないらしく、仙台人に半田屋の話題を出すと嫌がられることが多い。

仙台人の気質5 駅前のアーケード街はチェーン店だらけ

仙台駅前の「カニトップ」の看板とアーケード街

これは仙台人がそうさせたのだと思うけれど、仙台の駅前には大きなアーケードが広がっている。

休日などは東京の繁華街に負けないほどの人混みになるのだが、店舗のラインナップは全国どこにでもあるようなチェーン店が多い。

パッと見では仙台独自の店というのを見つけるのが難しいくらいで、東京近郊などの大都市圏に住んでいる人間からすると、普段の生活圏と店の種類が同じなので旅行感がないというのがある。

仙台人の東京コンプレックスが成せた技なのだと感心してしまうくらいである。他の政令指定都市で言えば、札幌や新潟ならもっと独自色の強い店舗ラインナップなのに、仙台だと東京近郊と全く変わらないような店舗ばかりが目に移ってしまう。

仙台人の気質6 北海道や北海道フェアが大好き

北海道(函館)に約2時間、東京には1時間半なのが仙台

仙台人は他の東北の田舎が好きというよりは、北海道の方が好きなようである。

北海道の人が仙台に観光旅行に行くケースは肌感覚としてあまり聞いたことがないが、仙台人は北海道に旅行に行くのが好きなようである。仙台から札幌に飛んでいるピーチのLCCが好きなようだ。

仙台駅の駅構内で北海道フェア(北海道の物産販売)をやっているのを見たことがあるし、より行き来しやすいはずの周辺の東北各県がなんだか可哀そうに思えた。

総評 地理的条件が日和見主義の原因か

仙台人の日和見主義な気質は、東北随一の都会かつ、格上の都会である東京と札幌の中間地点という地理的条件が関わっていると考えている。

その場その場で、強い側にべったり付きたがる傾向があるように思うこともしばしばで、半田屋の話題を出していけないのが仙台人の気質だと思う。

仙台人が好むものにはずんだ餅以外にも牛タンがあるが、牛タンについては食べたことも食べたいと思ったこともないので、よくわからないのが本音。

WEB制作

ダブルチェック(クロスチェック)が完全に無意味な理由を経験者が語る

画像はイメージ

ダブルチェック(クロスチェックとも言う)とは、ミスが許されない場面において複数人で確認作業を行うことである。

医療現場とか、戦闘機のミサイル座標とか、それこそ人の命に直結する場面ではダブルチェックは重要だとされるけど、人の命には直結しないことが多いWeb制作の現場でもダブルチェックはよく行われる。

だがダブルチェックに意味なし!

医療現場で働いたことはないけれど医療ミスは起きるし、戦闘機の訓練で座標の入力ミスがあって民家にミサイル投下された事例もあることからわかるように、人の命に関わる場面でさえも、ダブルでヒューマンエラーが起きている。

戦闘機のミサイルを打った経験はないけれど、俺に関して言えばWebの制作現場でダブルチェックを上司や自分より上位にある関係者に依頼して、ダブルチェックでミスを見抜いてくれなかった経験は数知れず!(笑)

いや、笑いごとではないのだけど、それなりの大手企業のサイトとかでミスがあると、場合によっては始末書モノだったり、会議で見世物みたいに吊し上げされてボコボコにされたり、障害報告くらいは書かされることも少なくないから、本人にとっては致命的なのだ。

ダブルチェックのミス確率計算式

人間という不完全な生き物が2人でチェックすることを計算式にすると、「不完全✕不完全=不完全」という結果になる。

10回に1回ミスする人を「0.9」とし、10回に2回ミスする人を「0.8」として、上の式に当てはめると、「0.9✕0.8=0.72」となる。なんと1人でチェックした時より、ダブルチェックすると逆にミスの確率が上がるのだ。

これは人間によくある性質で、お互いが他人をアテにしたせいである。

ミスすり抜けの主要因が自分にある場合

そもそも他人を信用するのが間違い。他人をアテにするという甘えが原因である。テメエで考えろじゃないけど、自分で100%チェックするのが超大前提だ。

特に、それなりの役職についていたり、同じ会社に長年しがみついただけで偉くなった人とか、雰囲気だけで仕事しているような若手にダブルチェックを頼むのは無意味。

後輩とか自分と同じ立場や境遇にある人間は、割とちゃんとチェックしてくれる傾向にあるけど、自分より上位ポジションで、蘊蓄と独自理論を展開する能無し人間はとくかく信用しない方がいい。

職場によっては、能無し人間だとわかっていてもダブルチェックを依頼するフローになってたりするから、厄介なのはよく知っているけれど。

ダブルチェックする他人に問題がある場合

俺の経験上、ダブルチェックを他人に頼むという愚行は、ほぼ全く意味がないし、むしろ逆効果だったりする。

上の公式が全てを物語っているけど、他人側の原因は以下の通り。

3秒チェックしているから

「確認します!」とか言っておいて15分後くらいに「問題ないです!」とか言われるけれど、実際には14分56秒は別のことをやっていて、チェック自体は3秒だったというケース。

俺は3秒チェックって呼んでいるけれど、Webページが開けてザっとスクロールできたらOKというレベルのチェックである。これはかなり危険。

マウンティングのネタ用にわざとミス誘導

長くいるだけで偉くなっているしょうもない人間に多いが、説教するネタを探したり、ポジショントークやマウンティングのネタ探しに使われているだけ。

制作物のチェックというよりは、本人の荒探しをしているため、肝心の制作物チェックができていないパティーン。

総合考察 ダブルチェックの考え方

他人をアテにするなというのが基本。

そもそも、人生の全てにおいて他人というのは自分が期待するほどは何の役に立たないものである。

ちなみに、ダブルチェックというのは自分で2回チェックすることもあれば、2回目は他人に依頼することもある言葉の意味で、クロスチェックは2回目は他人に依頼するニュアンスらしい。自分のチェックなんて重要なやつは自分で5回くらいチェックするけどね。