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東京駅やスカイツリー、ディズニーランドを背景にしたSNSの自撮り写真が滑稽に感じる理由

画像はイメージ

SNSに溢れる東京駅やスカイツリー、ディズニーランドを背景にした自撮り写真。

本人にとっては「都会体験の証」なのだろうが、見る側からすればただの田舎者自慢であり、その構造は「貧乏だけど頑張ってます!」という貧乏自慢と同じようなものである。誇りのつもりが劣等感の自己演出にすり替わり、結果として滑稽さを放っている。

東京駅やスカイツリーは東京人には日常風景

東京駅やスカイツリー、東京ディズニーランドは、東京で生活する人間にとって日常の延長線上にある存在だ。

毎日の通勤途中や、近所に買い物に行く途中に目にする程度の建物であったり、週末に家族連れが訪れる娯楽施設というレベル。いずれも特別な意味はない。

にもかかわらず、それを背景に「東京に来ました!」「夢の国に来ました!」とSNSに載せる行為は、田舎者であることを自ら誇示しているようなものだ。

実際の投稿文に漂う痛々しさ

SNSを覗けば、こんな投稿が並んでいる。

「念願の東京駅! やっぱり歴史を感じる〜」
「スカイツリーの前でパシャリ! 東京に来たって感じ!」
「夢の国ディズニーランド! ミッキーに会えて感動!」

これらは本人にとっては誇らしい記念なのだろう。しかし、東京を日常にしている人間からすれば「日常の風景や娯楽をわざわざ自慢する」痛々しさしか感じない。田舎者自慢は、貧乏自慢と同じく「わざわざ言わなくてもいいことを誇らしげに晒す」パフォーマンスとも言える。

東京が日常の人間にとっては写真にする価値すらない

東京駅もスカイツリーもディズニーランドも、首都圏で生活する人間にとってはただの背景である。

通勤や週末の娯楽に過ぎず、わざわざ写真に収める対象ではない。東京を日常にしている人間にとっては、写真にする価値すらない。日常の風景を「観光名所」として切り取ることは、田舎者自慢=貧乏自慢の滑稽さと同じである。

「わざわざ誇らしげに語る必要のないこと」を自慢していることが、見ている側に気持ち悪さを与える原因であろう。