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コネタ

【社畜】スーツ姿のサラリーマン集団を見るとゾッとしてしまう理由

通勤、退勤時などの時間帯に日本人のスーツ姿のサラリーマン集団を見ると、眩暈と吐き気が襲ってくることがある。

実際はそこまで重症ではないし、自分自身もスーツ着用の会社で正社員として働いていた時期もあるから、スーツの良い部分と悪い部分も両方知っているつもりだけど、やはり逆立ちしながら考えたとしても、日本人サラリーマンのスーツ姿にポジティブな印象を受けることはない。

人間は他人に生き方を決めて貰った方が格段に楽

大前提として、大抵の日本人は完全な自由というものには耐えられない。

言い換えれば、完全な自由な環境では生きていくことができない。

朝何時に起きて、この服を着て、何時何分の電車に乗って、何時までに自席に着いて仕事の準備をする。

そういう基本的な“生き方”を他人に決めて貰わないと生きていけないのである。

なにしろ、幼稚園や義務教育でも親や教師に“生き方”を決めて貰っていたのだから、大人になったからといって、自分で全てを自由な発想で決める能力なんてないのだ。

この傾向は日本人は特に強くて、アメリカ人だと幼少の頃から身の回りの小さなことから、人生に関わる大きなことまで、自分の判断で選択することを強制されるから、日本人よりもずっと自由な環境で生きることに慣れていると言える。

大手企業の場合は未だに終身雇用への憧れ(笑)があって、正社員は会社がキャリアプランを練ってくれたり、人生をぜんぶ会社が決めてくれる。仕事に飽きたきた人は会社を辞めることなく、他部署への配置転換ができたりもするので、知らず知らずのうちに、もはや自分のためではなく会社のために人生を生きることになる。

まさにスーツ=奴隷服なのだ。

スーツは自由意志を捨て去った奴隷の象徴に見える

正社員に限らないが、契約社員や派遣社員、アルバイトなどでも程度の差はあっても、会社と労働契約を結ぶ時点で、大なり小なり自由意志を放棄することになる。

こういった服装で何時何分から何時何分まで、こういった労働に従事しろ、というのが基本的な労働契約である。

給料という対価があるから、トレードオフとして多少の自由は犠牲になっても仕方ないとも言えるものの、服装の規定というのは合理的だと思えないことも多い。

食品関係や製造業など、服装が業務に大きく影響を与えるものもあれば、毎日内勤しかないオフィスワークのサラリーマンなんて、スーツである合理的理由が見当たらないことが大半である。

女性は完全私服なのに男性はスーツという変な会社も

これは男尊女卑なのか、女尊男卑なのか不明だが、女性は完全に私服OKなのに、男性はスーツやスーツに準じた格好でないとならないという理解に苦しむ会社も多い。

オフィスカジュアル程度は認められているものの、大半の男性がスーツという、これまた理解に苦しむ会社もあった。

スーツと決まっていれば、おしゃれ(笑)を色々考える手間暇がなくなるメリットはあるものの、それだと女性は服装自由という合理的な説明が難しい。

昭和どころか明治時代かよ、と思うような会社も多いのが令和の日本企業である。

クリエイティブな職種は服装自由なことが多い

デザイナーや、本やWebの編集者などクリエイティブ系の職種では、服装自由ということが多い。

服装というのは自由な意思や発想に関わる証左である。

カチカチの証券会社や銀行などに雇われているクリエイティブ系職種だとスーツのこともあるし、クライアントがカチカチな業種だとクライアントに合わせてスーツということもあるにはあるが、全体的には男性も女性も服装自由だ。

特定の会社に雇われずにフリーランス等で働いているそれらの職種の人もスーツのことは稀である。

ただし、服装自由と言っても仕事内容やクライアントがブラックという場合が大半なのがクリエイティブ系職種の特徴であるから、服装自由=ホワイト環境というわけではないのが残念なところ。

服装=自由意志だからスーツ強制には嫌悪感を覚える

スーツのメリットもあるにはある。

すでに触れたが、せいぜいネクタイの柄とかシャツの組み合わせとか微妙な変化しかオシャレ(笑)の幅がないから、仕事以外のことに無駄に神経を使う必要がない。

大量生産された既製品なら、数千円~1万円程度で1年くらいは切れる仕事着が買えるとすれば、リーズナブルとも言えるだろう。

一方で基本的にはクリーニングに出さないとならないからクリーニング代もかかるし、無理な動きをすれば破れたりボタンがとれたりする不便もある。

スーツは悪人でさえマトモな人間に見せかけてしまう

別の角度から見たスーツの悪い点は、本当は各所に問題のある人間だとしても、スーツを着ると良くも悪くも、それなりに全員まともな人間に見えてしまうというのもある。

これは社会人経験が20年くらいあっても見抜けない場合があるから、スーツを着ている人を見ると、とりあえず悪人と疑ってかかる習性が付いているから、スーツの集団を見るとゾッとしてしまうのかもしれない。

役所でたらい回しにしてくるやつとか、ブラック企業のクソみたいな元上司とか、みんなスーツ着ているけどマトモな人間ではなかったから、スーツを着ている人間=マトモでないという図式が出来てしまっているというのも一因だろう。

もちろん、スーツを着ていてもマトモで、内面も外見もオシャレな日本人もいるにはいるだろうけど、俺はあまり出会ったことがない。

コネタ

スーツ姿のビジネスマンを見ると全員奴隷のように思えてしまう今日この頃の深層心理を探る

画像はただのイメージ

アパレル系の業界で働いたこともあるし、オシャレなスーツって素敵だとは思うけど、日本の大概のスーツの姿のビジネスマンは単なる奴隷服としてスーツを着せられているように感じてしまう心理を綴ってみる。

いや、スーツ姿で働かれている人には悪い気がするかもしれないけど、自分は奴隷ではないと100%言い切れるスーツ姿の人はいるのだろうか。

念のため、言うまでもないけど個人の感想文だからスーツ着ている人間を否定するわけではないし、賞賛するわけでもない。

スーツ姿で働いていた時もあるけど奴隷だった

俺にしても20年ちょっとの社会人経験の中でスーツ姿で働いていた時代もある。

例としては某大手通信系企業の末端で、採用時点での要件で服装がスーツと指定されていたからだ。実際に東京都心のオフィス街でスーツ姿の人しかいなかったのである。

その企業では民間企業ではあるものの、公務員系の気質があって毎日毎日、同じ仕事をして定時になったら大概の人が変えるという、ここは学校か市役所かと思うような環境だった。

そのような環境のため、見るからにノイローゼとか鬱病のような症状で休職や退職する人も何人か見かけた。

もっとも、俺はヨーロッパ海外旅行のための資金のために短期間働いていただけなので、スーツなんて着てられるかと思いつつ、大手紳士服チェーンで買ったクソ安いスーツを作業服変わりに着ていたわけだが、仕事内容というとクソどうでもいいコールセンターに寄せられる音声の分析業務を担当していたのである。

ちなみに、その手のコールセンターというと苦情ばかりかかってくるものと思う人も多いと思うが、実際にはまともな質問や手続きの相談が大多数。

悪質クレーマーみたいのはほんの一部だけど、毎日毎日、同じ内容でかけてくる超絶クレーマーみたいな人には正社員の担当者が付いていて転送されるようになっていた。一度かかってくると30分や1時間くらいは「世間話」をしていたようである。

年俸250万円固定の奴隷だった

その後、転職して別の都内の企業で年俸250万円固定の奴隷として雇われた。服装はスーツ指定。

映像系ということで、そんなに固い仕事ではないが取引先が固かった。大手監査法人だったり、製薬会社だったり、大学だったりなので、重たい機材を運んだりするけどスーツ指定だった。

このセミナー収録業界は同業他社もスーツで働いていることも結構あって、現場で横目で見た感じでは7割くらいの業者はスーツではないだろうか。テレビとか一般の映像制作会社はスーツじゃなかったり、お揃いのポロシャツを着ていたりすることもある。

この企業で働いていた時のトラウマとしては、年俸250万円固定という、価格以外はプロ野球選手のような形態で雇われているということである。

雇用形態は正社員だが、ボーナスや手当などは出ない。残業代も出ない。年俸制だから残業代を出さなくていいという法律があるのか定かではないが、その後に関わって大手企業でも月何時間までは月収に含まれるというような形態だったら、部分的には認められるのかもしれない。

中小企業や零細企業の場合は社長が法律で、社労士とグルになっていたりするので、平気で残業代をごまかされることも多いから気を付けよう。

俺の知る範囲、日本で残業代がきっちり払われるのは大手企業や時給制で働く人くらいなものである。

服装の自由がないのは奴隷と囚人くらいなものである

何を言いたいかというと、服装と言うのは本来は自由なはずである。

服装の自由がないのは奴隷や囚人など、自由を奪われた人だけであるのが本来だ。

そもそも問題、スーツは日本固有の服装ではないと思うし、欧米文化だろう。よくよく考えると日本人が着てしっくり来るわけがない。

服装自由の会社であえてスーツを着ている人も見かけたことがあるが、意思に反してスーツを着せられているのは奴隷とまで行かなくとも奴隷に近いのではないかと思う。

いや、でも人間というのは普段の生活習慣が当たり前のように錯覚してしまうから、スーツを着る毎日が当たり前になっている人にとっては、奴隷であることにすら気付かないはずである。

何の違和感もなく、スーツを着ている日常を過ごしているからである。むしろ、他に着るまともな服がないという事情もあるかもしれない。

オシャレという観点から言っても、スーツだとコンビニに並ぶ食事のようにオリジナリティのへったくれも感じないことが多いのが日本の平均的なスーツを着たサラリーマンの姿ではないだろうか。

だから、俺はスーツ姿の人間を見ると、老若男女問わず、嫌悪感を覚えてしまうのだと思う。

まぁ、俺は単純にスーツはクリーニングに出すのに金がかかるし、動きにくかったり肩が凝るから着たくないのでござる。幸か不幸か、社会人としての人生の大半はスーツを着なくていい自由人であるというのが救いか。