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マックを食べずに育った俺が大人になってもマックを一切食べたいと思わない理由

画像はイメージ

街でマックのハンバーガーを美味しそうに頬張る人を見るたびに、どこか自分とは違う文化圏の出来事のように感じる。

なぜ俺は、みんなが美味しいそうに頬張るマックに一切惹かれないのか。そもそも、マックという空間や文脈にも惹かれない。その理由を考えていくと、大人になるまでマックという文化に一切触れなかったという、単純でありながらも、人の味覚や嗜好に深く関わる科学的根拠に行き着いた。

マックを「食べたい」と思わない理由

俺はマックを「食べたい」と思ったことがほとんどない。

街でハンバーガーを頬張る人を見ると、どこか別世界の住人のように感じる。理由は単純で、俺の育った北海道の田舎街にはマクドナルドが一店舗もなかった。半径100km以内にもなかったと思う。

昔ながらの商店とスーパーだけの田舎で育った俺は、大人になるまで真面目な話、一度もマックを利用したことがなかった。子ども時代にマックの味に対する刷り込みが一切ないのである。だから、あの味に対して「懐かしい」とか「無性に食べたくなる」といった感情がまったく湧かないのだ。

味覚は子供時代に決まるという科学的データ

人間の味覚の基礎は3歳までに形成され、5〜6歳で甘味、塩味、酸味、苦味、うま味などの基本的な味が大体理解され、10歳前後で大人に近い味覚になると言われている。

つまり、味覚が形成される子供時代にどんな味に触れたかが、大人になってからの嗜好の土台になる。マックのハンバーガーのような甘いバンズ、塩気の強いパティ、ケチャップとピクルスの酸味、ジャンク特有の香り。こうした味に子供の頃から触れていないと、大人になっても「食べたい」という感情が生まれないのだ。

俺にとってマックは、味というよりも文脈そのものが理解しがたいものである。

マックは「味」よりも「体験」で好きになる

マックのCMに子供がよく登場するのは、単なるCM担当者の好みではなく、世の中の子供に「マック=楽しい」という印象を植え付ける企業戦略である。

誕生日にマックに連れて行ってもらった記憶、ハッピーセットのおもちゃ、家族で外食した特別感。こうした子供時代の体験がマックの味を実際以上に美味しくさせる。

そのため、子供時代にマックに一切触れていない俺は、その“思い出補正”が全くない。結果として、大人になってもマックを食べたいと思わないのである。嫌いというより、自分の食文化に存在しないからだ。

田舎育ちの味覚は別の方向に育つ

俺の味覚の基準は、地元のローカルフードや家庭の味にある。それはジンギスカンであり、味噌ラーメンであり、砂糖をまぶしたフレンチドッグだ。こうした地元の味が俺の舌を形作ってきた。

だから、マックのハンバーガーを見ても「美味しそう」というより、自分の世界ではない外の世界の食べ物という感覚が強い。

むしろマックを食べない人の方が正常

毒舌を込めて言えば、マックのような“超加工食品”を「無性に食べたくなる」という感覚そのものが、自然な欲求ではなく企業のマーケティングに踊らされた人工的な習慣にすぎない。

高脂質、高糖質、高塩分で、健康に良い要素など皆無。それでも多くの人が定期的に食べたくなるのは、味が優れているからではなく、幼少期から徹底的に刷り込まれた条件反射の結果である。

ハッピーセット、家族の思い出、CMの親子演出。あれらはすべて、子供の脳に「マック=安心で楽しい場所」という神経回路を作るための仕掛けである。つまり、大人になってもマックを欲しがるのは、味覚の好みではなく、企業のマーケティングに長年飼いならされた結果なのだ。俺のように、その刷り込みを全く受けなかった人間がマックを欲しがらないのは、むしろ正常な証だと言える。

現代人の食生活は幼少期の企業戦略で決まる

つまるところ、マックを食べたいかどうかは好みによるものではなく、幼少期にどれだけ企業の戦略に毒されたかで決まる。

刷り込みがなければ食べたくならないし、刷り込みがあれば脳が勝手に「美味しそう」と錯覚する。俺がマックを食べないのは、地理的な要因があったのはもちろん、企業の戦略に毒されなかったからである。

あなたの現在の食生活は、幼少期の環境と企業のマーケティングが作り上げた結果にすぎないのだ。