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北海道&東日本パスの鉄道旅で「遠軽駅」を素通りするのは勿体ない!! 鉄道と共に歩んだ街の歴史と風景

遠軽駅を「ただの乗換駅」として通過するのは非常に勿体ない

「北海道&東日本パス」で北海道を旅をしているとき、遠軽駅は多くの旅人にとっては「ただの乗換駅」として扱われがちだ。

旭川から北見や網走方面へ、あるいは網走や北見から旭川方面へ行くとき、遠軽駅では改札から一歩も出ることもなく、隣のホームで列車に乗り継ぐだけ。そんな経験をしたことのある旅人も多いだろう。

だが、それは“鉄道ファン”の旅の仕方としては、あまりにも味気ない。遠軽という街は、北海道の鉄道の歴史そのものと言ってよいほどに、鉄道とは切り離せない濃厚な歴史を持つ場所なのである。

かつて激しい誘致合戦が繰り広げられた遠軽駅

最盛期は279人もの職員を抱えていたほどの遠軽駅

遠軽駅が開業したのは大正4年。平成27年には開駅100周年を迎えた。

鉄道の到来は、遠軽という街の発展を決定づけた大きな転機だった。北見から湧別へ伸びた湧別線が最初に開通し、続いて昭和2年には旭川から伸びる現在の石北本線が到達したことで、遠軽は複数の路線が交わる分岐駅となった。これが遠軽の街が交通の要衝として栄えるきっかけとなる。

分岐駅の座を巡っては、遠軽駅と安国駅の間で激しい誘致合戦が繰り広げられた。地元の開拓者たちは、自らの土地を鉄道用地として差し出し、私財を投げ打ってまで鉄道を呼び込もうとした。彼らの執念が遠軽駅を分岐駅へと押し上げたのである。

開拓期から交通の中心として街を支えてきた遠軽駅は、現在も石北本線の主要駅として網走駅、北見駅に次ぐ乗客数を誇り、地域の生活を支え続けている。このことから、遠軽という街は鉄道の歴史そのものとも言えるのだ。

遠軽駅は複数路線が交差するターミナル

遠軽駅に停車するJR北海道H100形気動車

普通の途中駅であれば、線路が一直線に貫き、構内もコンパクトにまとまる。しかし、遠軽駅の風格は趣が異なる。

構内は広く、線路は曲がり、分岐が多く、どこか“整理役”を任されていたような雰囲気が漂う。これは遠軽駅が複数の路線をまとめる機能を担ってきた歴史を物語っている。

かつて、遠軽駅は「旭川方面」「北見・網走方面」「湧別(オホーツク沿岸)方面」という、目的も性格も、線路の規格すらも違う、異なる三方向の鉄道路線が集まっていた。これらは同じ一つの計画のもとに建設されたわけではない。地形、予算、政治、地域事情といった複数の要因の中で、結果として遠軽に路線が集まったのである。

遠軽駅名物の平地スイッチバックは名寄本線の名残

遠軽駅でスイッチバックする石北本線の線路(2016年撮影)

遠軽駅と言えば、スイッチバックを思い浮かべる人も多いだろう。鉄道に詳しくない人からすると「なんで方向転換するの?」と不思議に思える構造だ。遠軽駅では列車が一度駅に入り、進行方向を逆にして次の駅へと走り出す。

スイッチバックは急勾配を上るために山岳地帯の鉄道に採用されることが多い仕組み。しかし、遠軽駅のスイッチバックは地形の問題で生まれたわけではなく、全国でも珍しい「平地スイッチバック」となっている。それは、かつて遠軽駅が「名寄本線」という別ルートの起点だったことを理由とする。

名寄本線は1989年に廃止されたが、2025年現在としては「本線」を名乗るJR線で唯一全線が廃止となった路線でもある。名寄本線は名寄からオホーツク沿岸を経て遠軽へと至る路線で、石北本線が開通する前は、旭川から遠軽や北見、網走方面へと向かう主要ルートであった。

平地にも関わらずスイッチバックが採用されたのは、後から作られた石北本線を無理なく接続するためである。名寄本線が廃止された今も、遠軽駅の線路配置はその記憶を静かに伝えてくれる。

遠軽という街が見せる静かな旅の風景

近隣のオホーツク海やサロマ湖が育んだ新鮮な海産物を食べられるのも魅力

遠軽を鉄道で素通りする旅人の多くは、次の列車の時刻だけを気にしてホームに佇む。

だけど、ほんの少し勇気を出して改札を抜ければ、この街は思っていたよりも深く、静かで、豊かな表情を見せてくれる。鉄道がつくった街の骨格の上に、地形と季節がゆっくりと風景を重ねてきた。

せっかく長い旅路を経てここまで来たのなら、街を散策したり、一泊して夜の静けさに身を置いてみてほしい。ホームに立つだけでは気づけない、この土地ならではの深い魅力が姿を現してくれる。

瞰望岩が語る街の原点

頂上は無料の展望台として(夏場は)気軽に訪れることができる

遠軽の中心にそびえる瞰望岩(がんぼういわ)は、この街の象徴であり、鉄道で遠軽に近づく旅人が最初に出会う“街の顔”でもある。

地上約78メートルの岩壁は、鉄道が来る前からここに立ち続け、遠軽という土地を体現してきた存在だ。岩の上から見下ろす街並みには、地形が先にあり、そこへ人が寄り添い、やがて鉄道が線を引いたという、この土地の歴史の順序がそのまま刻まれている。

丘に咲くコスモスと現在進行形の物語

コスモス園は街の大きなイベントが開かれる文化の発信地でもある

太陽の丘えんがる公園のコスモス園は、遠軽が自然とともに生きる街であることを静かに示している。10ヘクタールの斜面に広がる1,000万本のコスモスは、風に揺れるたびに丘全体を色彩の波に変える。鉄道が街をつくり、街が人を呼び、そして人が花を植え、また新しい風景が生まれていく。

道の駅がつなぐ遠軽の“今”

新しい観光名所として取り上げられることが多い道の駅

道の駅「森のオホーツク」は、鉄道とは別のリズムで旅人を迎える。車で訪れた人々がエンジンを止めると、スキー場から吹き下ろす風が静かに流れ込み、遠軽の“今”の空気を運んでくる。オホーツクの自然と人の暮らしが混ざり合い、鉄道とは違う角度からこの街の輪郭を見せてくれる。

木材が語る遠軽の文化と記憶

ちゃちゃワールドは遠軽駅から20分ほどの生田原駅の近くにある

遠軽の観光は「木」という素材を通しても語られる。木楽館では木工品が展示され、ちゃちゃワールドには世界各地の木のおもちゃが並ぶ。木材加工はこの土地の産業であり、文化であり、記憶でもある。木に触れることは、遠軽の時間に触れることでもあり、開拓の時代から続く“森との共生”を静かに思い起こさせる。

“鉄道ファン”に寄り添う遠軽町のお勧めホテル

鉄道の歴史と共に歩んできた街だけあって、駅の周辺に地元のホテルが点在している。

客室にもよるが窓から鉄道のある風景を眺めることができたり、きっと“撮り鉄”の鉄道ファンに寄り添ってくれることであろう。

遠軽駅すぐの「タカハシイン」

駅を出て最初の大きい通り「岩見通り」を左に曲がってすぐの所にある。遠軽中心部では大きいホテルで、都市部のビジネスホテルと同じような感覚で利用できるのは、初めてこの地に宿泊する人には安心ポイントとなるだろう。

生田原駅すぐの「ノースキング」

同じ遠軽町内で遠軽駅から普通列車や快速列車で約20分のところにあるのが生田原駅。宿泊者は無料で利用できる温泉もあり、レストランや休憩コーナーなども充実しているホテル。日帰り入浴も利用できる。

一本の列車を見送るだけで始まる“本当の旅”

遠軽駅は「ただの乗換駅」として通過するのは勿体ない駅である

遠軽は“通過する街”ではなく、“降りて歩くべき街”だ。

次の列車を一本見送るだけで、旅の速度はゆっくりと変わり、街の時間があなたの旅に溶け込んでいく。瞰望岩の影、コスモスの丘、森の静寂。どれも急ぎ足では見えない風景だ。遠軽は、旅人が立ち止まることで初めて本当の姿を現すだろう。

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九州の鉄道旅行は不便? 北海道より狭くて人口密度も高いのに鉄道が不便に感じる理由

長崎県にある西九州新幹線の新大村駅

九州は温泉、歴史的な街並み、美しい自然、そして多彩な食文化など、観光資源に恵まれた地域である。

しかし、鉄道旅行という観点から見ると、その魅力を十分に活かせていない。交通の不便さが観光体験を制限し、せっかくの資源を足を引っ張る要因になっているのだ。

主要都市間の移動がままならない

九州の中心的なターミナル駅である博多から、南九州地域の中心駅である鹿児島中央へ、九州の東側経由で青春18きっぷなどの普通列車乗り継ぎで移動しようとすると、一日で到達できないほど接続が悪い。始発から乗っても鹿児島に着くのは翌日の夕方になってしまう。

より短時間で到着できる隈本方面経由だと、JRから経営分離した肥薩おれんじ鉄道の別料金がかかるため割高感があるし、JRだけで行こうとすると途中で宿泊を余儀なくされる。

JRの普通列車乗り継ぎにおいては九州は都市間移動を前提としたダイヤが組まれていないため、普通列車乗り継ぎ派の観光客は移動の不便さを覚えてしまうことだろう。これは鉄道で九州を一周しようとした時には特に大きなネックとなる。

北海道の広さと鉄道網の合理性

北海道は九州よりも広大であるにもかかわらず、鉄道旅行はむしろ快適だ。

中心ターミナルである札幌駅から函館、稚内、網走、釧路といった各方面の主要都市へは、青春18きっぷよりも割安感のある「北海道&東日本パス」を使うこともできるし、普通列車と特急料金不要の特急を使えば、いずれの街にも当日中に到達可能である。

石北本線においては特急と所要時間と停車駅がほぼ変わらない特別快速列車もあり、広域移動を前提にした鉄道網が整備されている。広さに対応した運行形態なのが北海道の鉄道の特徴である。

西九州新幹線の中途半端さ

北海道新幹線は10年か20年後かの札幌延伸に向けて工事中だが、九州には南北に走る新幹線がすでに完成していて、博多から長崎方面に走る西九州新幹線も整備中で部分的に開業している。

西九州新幹線が整備されれば便利になるはずだが、西九州新幹線は現状では武雄温泉から長崎までの部分開業にとどまり、博多から直通できない。乗り換えが必要で、所要時間もそこまで大きく短縮されていない。新幹線という名前に期待した観光客にとっては、むしろ失望を招く存在になっている。

九州新幹線の料金の高さもネック

博多から鹿児島中央までの九州新幹線が走っているが、料金は東京から新潟までの上越新幹線よりも高い。

博多から鹿児島中央までの距離は288.9kmで、指定席を利用した場合は12,000円以上もかかる。観光客にとっては「気軽に乗れる代物ではない」という印象が強まり、移動コストが観光体験のハードルを高めている。

ちなみに、東京~新潟は333.9km、指定席で10,960円であり、本州の感覚からすると割高感を感じてしまう。

高速バスに頼らざるを得ない現実

17年前に九州各地を旅行した際、鉄道の不便さから仕方なく利用したのが高速バスのSUNQパスだった。

九州全域の高速バスが乗り放題になるこのパスは、普通列車乗り継ぎでは不便な都市間移動の利便性が高かった。鉄道が不便だから、バスに頼らざるを得ない状況が生まれていたのである。

交通が足を引っ張る構造

九州は観光資源に恵まれた地域であるにもかかわらず、青春18きっぷなどの普通列車乗り継ぎでは主要都市間の移動が難しく、鉄道旅行の不便さがその魅力を十分に活かせていない。移動そのものがストレスになる地域では、観光の楽しみも半減してしまう。

俺が九州旅行に出かける気があまり起きない理由の一つは、まさにこの「交通が足を引っ張る構造」にある。観光資源を輝かせるためには、鉄道網の利便性と料金体系の改善が不可欠だと感じている。

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【2023年12月】猛吹雪の北海道で鉄道&高速バス一回りの旅日記

北海道新幹線で北海道に渡った初めての旅行でもある

グローバル人間(?)なので令和何年なのかは知らないけど、西暦2024年、あけましておめでとうございます。

拙者はこれでも厳かに年末年始、いや出来れば365日を厳かに過ごしたいタイプなので、年を開けてからの数々の出来事には心を痛めている昨今。

少し前まで本州日本海側や北海道を旅行していた身からすると、全く他人事には思えず。

とある企画でJAL航空機での旅行を計画していたこともあり、例のアレも全く他人事には思えず。

そんなこんなで旅というのは掛け替えのないものであり、同時に危険も付きまとうものであると再認識するのであった。

今回取り上げる北海道旅行記は、下記旅行記にてあっさり割愛した北海道部分の記録である。北海道に渡るまでと本州に渡った後の旅行は該当旅行記に託す。

旅行は記録しておかないと1か月後には綺麗さっぱり忘れる懸念があるので、主に自分用と似たようなルートで旅行したい人向け。

1日目 仙台→新函館北斗→函館の旅

北海道新幹線に仙台から乗車、2時間半くらいぼわーんとしていると新函館北斗に到着。

時間も午後9時半を過ぎていて、もの悲しい新函館北斗駅で普通列車である函館ライナーに乗り継いだ。

北海道の玄関口に到着だというのに、辺境の街にある駅のような印象だった。

函館ライナーは乗車約20分で函館駅に到着した。

到着したことで気が緩んだというか注意力が散漫になって、ホームに出たところ、ザックのサイドポケットからペットボトルが落としたことに気づかなかった。

少しして地元のサラリーマン風の紳士から「落としましたよ」と教えてくれて、気温は寒いけど北海道の人は心が暖かいと感じた。教えてくれてあれがとうございました。

冬の函館駅周辺。北海道の中では気候は穏やか

この日予約した安ホテルは函館沖から徒歩数分。雪と氷でテカテカの道路を歩くのは2年ぶり。

安ホテルに向かう前に、明日の朝一で利用予定の『北海道&東日本パス北海道線特急オプション券』を買おうと函館駅の券売機に向かった。

このオプション券は北海道新幹線の区間で使う他に、北海道&東日本パスと組み合わせると、北海道内の特急に1日乗り放題になるのだ。

しかし、時間が遅い(と言っても午後9時台)からか券売機が販売中止していて、みどりの窓口も終了していて買えなかった。

改札で聞くと明日の午前5時半から買えるというので、朝一で買いに来よう。函館駅は券売機が終わるの早くて、北海道では大きな駅とはいえ、地方の駅であることを認識。

2日目 函館→南千歳→釧路の旅

朝5時25分、6時間くらいしか滞在していない安ホテルを早々とチェックアウトした私は函館駅へと向かった。

5時30分きっかりに特急券を買おうとしているらしいオジサンがいて、31分にならないと券売機が動作しないからイラついて駅員に噛みついたりしていた。

6時発の札幌行きの始発の特急はすでに入線しているから早く切符を買いたい気持ちはわかるけど、本州の大都市とかに比べると、こんなに早い時間に出かける人は数えるほどしかいないのである。

オプション券を無事に買った私は、特急北斗の自由席に乗り込んだ。

函館から南千歳までの乗車率は20~30%くらいでゆったりした旅であった。

3時間程度乗って南千歳駅で釧路行きの特急おおぞらに乗り換える。乗り換え時間はどっちの列車も遅れないことを見込んでかなりタイトだけど、運よくどちらも遅れなかったので乗り換えは問題がなかった。

釧路行きの特急はそんなに本数がない。乗り継ぎできなかった場合に次の列車を待つと釧路到着が3時間くらいロスすることになる。

南千歳駅では本州方面から朝一で航空機で飛んできたであろう観光客と合流することになった。

昨今の北海道では珍しく、ワイワイ、ウキウキした感じの乗客が増えて、北斗と違っておおぞらは雰囲気が明るかった。

乗車率も自由席は90&くらい。

釧路まで直通する列車が少ないことも関係しているだろうと思ったら、出張ビジネスマン系は帯広で降りる人が多かった。釧路まで行くのは観光客風が大半であった。

釧路駅前。12月中旬としては雪が多い印象だった

ホテルはコロナの影響でしばらく休業していた釧路駅前のクラウンヒルズ。

記憶だと2015年~2018年くらいだったら、冬場は1泊3千円しないくらいで泊まれる普通のビジネスホテルもあったが、コロナで情勢が変わったりした影響で冬場も夏場よりは多少安いが、1泊5千円を切る普通のホテルはほぼ探せなかった。

普段は楽天トラベルで予約することが多いが、この時ばかりはリクルートのじゃらんがくれた謎の3000ポイントを使って高い宿泊料を少しでも軽減させた。

釧路は3泊したかったが、宿泊料が高いために2泊でスケジューリングした。

3日目 釧路→根室→厚岸の旅

この区間は特急は走っていないのでオプション券は使わず。

ちなみに、オプション券は北海道内だけで使う場合、半端な距離では赤字になるので覚悟して使った方がよい。3枚以上使うなら、最初から特急も乗れる北海道フリーパスにした方がよい。函館から釧路まで一気に行くとかの場合に勧められる。

冬の根室の街に降り立ったのは2年ぶりであった。

行きは少な目だけどテカテカ路面に泣かされる

根室の街では贔屓のイーストーハーバーホテルでエスカロップを食べる予定だったが、ランチは休業することも最近多いようで、ばっちり休業日だった。

代わりと言っては何だけど、駅前のニューモンブランで食事をした。

このご時世に税込1000円は良心的に思える

ニューモンブランでエビエスカを食べるのは初めてだと思うが、海老がプリプリしていてよかった。

エスカロップは伝統的にワンプレートが基本だけど、ニューモンブランは基本に忠実な根室料理が味わえる店としてオススメ。

自分が出入りした何回かの経験では、駅前にある割には観光客より地元の人で賑わっていることが多い。

釧路方面に戻る列車に乗り、いつものパターン通り、厚岸で下車して道の駅グルメで有名なコンキリエに向かった。

厚岸駅は花咲線では大きい駅で無人ではないけど、秘境の無人駅によくある駅ノートが置かれていた。

駅ノートにコンキリエに向かう方法に難儀したと書かれていたけど、駅裏のピンクの跨線橋を渡ると近いものの、普通に街中を歩いて向かうこともできる。

せっかくだから街中を少し歩いて向かった方が旅人感があっていいと思う。

コンキリエはメニューが改定されていて、全体的に値上げされたりしていた。ハーフサイズがなくなったのが痛い。他の地元っぽい客からも「メニューが変わったな?」という声があちこちから聞こえてきた。

観光地ばりに観光バスで来る人が多くなると、やはり値上げに走ってしまうのだろうか。

厚岸は牡蠣が名物だけど、この年は暑さによる不作で小さめのカキフライで満足できる価格と味ではなかった。

4日目 釧路→生田原の旅

釧路から網走方面に向かう釧網本線も普通列車と快速しか走っていないのでオプション券の類は必要ない。

オホーツク地方に近づくに従って雪が強くなっていった。

首都圏とかだったら、大雪扱いで鉄道は全面運休するレベルだけど、そこは北海道。この程度は慣れっこだからか、この時点では鉄道の運行に支障はなかった。

雪が降りしきる遠軽町の願望岩付近

用事もろもろを済ますために立ち寄ったのだが、この時気付いたのは地方の役場というのは郵便受けがない場合があるということ。

鉄道の補助金書類を郵送するのだが、切手代を節約しようと役場周辺を散策したものの、郵便受けがなかったのである。平日なら窓口に手渡しできるが、滞在できるのは休日のみのため、切手代節約は諦めた。

役場ごとにルールがあるのかもしれないけど、電気代とか水道代の請求書とかは郵送で送られてくるものだと思うけど、その手のものとかも平日に配達員が窓口で渡しているのかしらん。

宿泊は遠軽駅からJRで20分くらいの生田原にある温泉ホテルのノースキング。

この地の歴史に興味のある人は「北の王」というキーワードで調べてみると面白いかもしれないけど、地元出身でも興味のある人以外は名前の由来がわからないことが多いという。

北海道は炭鉱や木材など、かつては資源目的で栄えて何とかなく維持している街や、丸っきり衰退しきった街が多い。国鉄時代にあった廃止済みの鉄道路線も資源目的だったのが多い。

5日目 生田原→旭川→札幌

この日はオホーツク地方から札幌へのそこそこ大移動の日。

しかし、オプション券を使うほどの移動ではないので普通列車で頑張って移動することとする。

昨日に引き続いて天気が大雪チックで怪しいものの、札幌まで戻ると本州に強制送還されるのも目前となるため、この地になるべく留まりたい気持ちも強かった。

なので最速で札幌に向かえる特別快速きたみには乗らず、というかそもそも混んでいる楽しくない列車のため、午後1時過ぎに遠軽発の浅き川行き普通列車で向かうことにした。

3時間以上も乗って、ようやく旭川市内に入ったかなという時だった。

あと2駅くらいで終点の旭川という地点にある新旭川という駅の手前で、凍結によるポイント故障のため1時間半ほど缶詰状態になったのである。

個人的に嫌な思い出が多い旭川でまたしても嫌な思い出が出来てしまった。

飲み会の待ち合わせをしているであろう地元の若い人とかも乗っていたが、飲み会に間に合ったのだろうか。

1時間半くらい足止めを喰らって旭川駅に着いたものの、旭川から先の札幌方面は特急も含めて、運休や遅延が多かった。札幌方面は余計に大荒れなのであった。

特急が遅れたり遅延するという場合、その合間を縫って細々と走る普通列車はさらに遅れたり、運休する可能性が高かった。

この調子だと当日中に札幌に辿り着くのが難しかったり、旭川~札幌の間にある小さな駅で運転休止になったりしたら、宿を探すのも困難で、前にも後ろにも進めなくなる。夏場ならまだしも、大雪で吹雪いている状況で何もない駅前に投げ出されたら命にも関わる。

最近は愛天候での代行輸送もきっぱり「しません」と予め宣言していることがJR各社では多いけど、今回は代行輸送は行われないとのことだった。

一時は特急で札幌に向かうことも検討したが、できるだけ安く確実に向かえそうな高速バスで向かうことにしたのである。

厳寒の旭川駅前で高速バスを待つ

札幌行きの高速バスの運行状況などを調べると、一部に運休が発生しているものの、30分後くらいに発車する19時30分発のバスに乗れそうであった。

なにぶん、この路線に乗るのが数年ぶりで旭川から乗るのは初めてで勝手がわからない。

チケット売り場を探すのも難しかったが、駅から出てイオンの反対サイドあたりのビルの中に券売機があった。時間の関係で窓口は閉まっていたが、わかりづらい券売機でなんとか札幌までの2500円のチケットを買えた。

あとから落ち着いて考えると、札幌~旭川の高速バスは予約不要で、どちらかというと路線バスに近い仕組みであった。

バス停から普通に乗って降りる時に料金を払うタイプである。

25分前にチケットを買って乗り場っぽいとうに並んでいたので、一番奥の席に座ることができた。隣には運休か何かで疲れ果てた若いサラリーマン風の人が座ったが、「お隣失礼します」など言う礼儀正しい人であった。

道央道の通行止めで一般道を走る高速バス

旭川を定刻に出発したものの、雪は激しくなる一方だった。

北海道でも大雪になりがちな地帯なこともあって、オホーツク地方よりも雪が多い。もちろん、オホーツクも降るときは降るが。

通常は道央自動車道にすぐ乗るが、滝川あたりまで通行止めのため一般道経由で向かうという。道路がデコボコでバスは大きく揺れて、とても心地が悪かったのと、事故に巻き込まれるのではと気が気ではなかった。

北海道の冬はバスなどの自動車よりも、列車の方が快適なのである。

高速道路オンリーだと2時間ちょっとで札幌に着くはずだが、一般道経由のため、なかなかバスは進まない。

走っている間にもさらに通行止め区間は増えて、結局、札幌圏である岩見沢まで一般道経由での旅であった。

札幌に着いたのは午後11時半頃。約4時間の旅であった。

なんとか予約しているホテルに辿りつけたけど、冬場の北海道旅行ではこの程度のことはよくあるので、スケジューリングの際にはゆとりを持つ必要がある。

今日はほとんど移動に費やされた気がする。

6日目 札幌ぶらぶら観光

円山動物園は800円に値上げ

翌日、札幌の天候は穏やかだったものの、テカテカ路面は凄まじい。いつ転んで死亡(?)してもおかしくない。

ぶらぶらしたいのもヤマヤマだったが、できるだけ歩かなくて済む場所ということで円山動物園に行くことにしたのである。

600円から800円に値上げしていたが、冬場はどうしても冬眠中だったり、寒いのが苦手な動物は屋内の暖かい所に避難するため、観れる動物が少なくて値段の割に合わないと思った。

こればっかりは仕方がない。

大通公園のイルミネーション

夜はなけなしのイルミネーションを鑑賞しに行った。

札幌の冬ではいつもの光景ではあるが、北海道の地方(田舎という意味)や東北の都市を回ったりすると、札幌のイルミネーションは200万都市だからこそできるものなのだと思ったりする。

7日目 札幌→新函館北斗→新青森

北海道滞在の最終日、例のオプション券を使って札幌から新青森まで移動した。

途中、函館でラッキーピエロに言ったりベイエリアで油を売ったりした。

札幌の狸小路でも気になったが、街のお土産売り場は爆買いの中国人団体が目立つ。

レジに割り込んだり、床に座り込んだり、通路を塞いだりするので不快に感じる人もいると思うが、自分の国での行動と同じことをしているだけで、決して悪気があるわけではないのだという。

それこそ文化の違いであって、「他人に迷惑をかけてはいけない」とか「郷に入っては郷に従え」と何となく刷り込まれて育つ日本人とは違うのである。

彼らがなぜ爆買いするのか不思議だったが、調べると彼らからすると欧米以外では数少ない先進国であり、その国の製品は価値が高いものだからという、日本人からするとあながち悪い気がしないものであった。

経済的に豊かになったとは言え、中国の人が日本に来るのはビザなど手続きも大変で、意を決して訪れていることが多いのだと想像する。人の繋がりを重視する社会でお土産を大量に買わないとならない事情もあるだろうし、不快な事象に遭遇した時は、彼らの事情を理解すると少しは気持ちが穏やかになるだろう。

北海道新幹線は先の記事でも伝えたが、飛行機を使わずに北海道と東北や首都圏を現実的な時間で行き来できる乗り物である一方、まだまだ良さが一般旅行者レベルに届いていない乗り物である。

特急と乗り継いでも半日で首都圏と札幌を結んでいる、飛行機の代替となる交通機関であるということを頭の片隅に入れておくと、いざという時に役に立つかもしれない。