
本来、旅というのは行き先を決めてホテルを予約して観光地を回るという、単純ルーティン作業ではない。少なくとも、俺にとっては。
俺の旅は“設計”だ。そして、その設計は普通の旅行者が一生かけても辿り着けないレベルで最適化されている。
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933円という数字が示すもの

今年の旅を思い返すと、最も象徴的だったのは「933円」という宿泊費の数字だった。
これは実際に行った一行程の旅における1日当たりの宿泊費だが、俺の旅の価値観を凝縮した思想そのものでもある。1日あたり933円で眠り、翌朝にはまた別の景色の中に立っている。その軽さと自由こそが、今年の旅の本質だったのだ。
933円という宿泊費が示す旅の優先順位

15泊16日の旅で宿泊費は合計14,000円。つまり、1泊あたり933円。普通の旅行者は毎晩7,000円を払い、安心と快適を買う。それはそれで正しい。だが、俺の旅は933円で成り立っていた。
この数字は、旅設計の巧みさを物語っている。テントの布一枚越しに風の音を聞き、ネカフェの薄い仕切りの向こうで夜が明け、ホテルは必要なときだけ最低限。
旅の価値は眠る場所ではなく、目覚めた時に自分がどこにいるかで決まる。
933円の宿泊費だからこそ、旅情は個室フェリーで味わう

宿泊費を平均933円に抑えたからこそ、俺はフェリーの個室に金を使えた。LCCで飛ぶ方が安いのはわかっている。だが、空を飛ぶだけでは旅は深まらない。
海の上で過ごす静かな時間、波の揺れに身を預ける夜、窓の外に広がる灰色の海原。フェリーの旅情こそが旅を旅たらしめる。933円の滞在費と、フェリー個室の贅沢。この落差は、俺がどこに価値を置き、どこに置かないかを物語っている。
JRフリー切符は自由のコストだった

北海道のキャンプ旅でJRフリー切符を選んだのは、移動のためではなく、自由のためだ。
キャンプ場は街から遠く、徒歩だけでは世界が閉じる。だから、鉄路は俺にとって世界を広げるための装置だった。933円で眠り、フェリーで旅情を買い、JRフリー切符で自由を買う。この旅はこの三つの軸で成立していた。
新幹線は時間と体力を守るための合理的な贅沢

北海道からの帰りは新潟で半日観光し、その日のうちに帰宅するために新幹線を選んだ。
ホテルに泊まるより安く、体力も温存できる。旅の終盤において、この判断がどれほど合理的だったかは、帰宅後の静かな夜にふと実感した。これもまた、933円の滞在費と同じ思想の延長線上にある。
旅の設計思想そのものだった

933円という数字は単なる滞在費ではなく、「金をかけるべき場所にだけかける」という俺が思う旅の哲学の象徴だった。
宿泊費は933円で十分。旅情はフェリー個室で買い、自由はJRフリー切符で確保し、時間と体力は新幹線で守る。旅の本質だけを残し、余計なものを削ぎ落とした結果、933円という数字が浮かび上がった。
宿泊費が安かったこと自体に意味があるわけじゃない。むしろ、テントを張り、風の匂いを吸い込み、夜の気配を肌で受け止めながら眠るという行為そのものが、土地と自然に触れるための最も純度の高い方法だった。








