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MISIAとMichael Jacksonはジャンルも国籍も違うのに、俺にとっては同じ理由で最近聴かないアーティストだ。
これは単なる好みの問題ではなく、2人の音楽が持つ音響構造そのものが、俺の今の神経系と根本的に噛み合っていないからだ。癒しや静けさを求める俺にとって、彼らの音楽は構造的に相性が悪い。
高音域の圧が強すぎて脳が休まらない
MISIAの張りのある高音も、Michael Jacksonの金属的な高音も、どちらも脳が警戒しやすい帯域を強く刺激してくる。
俺が求めているのは低めで平坦な音なのに、2人の声は常に前に出てきて、俺の神経を覚醒させる方向に働く。癒しどころか、俺の脳には刺激が強すぎるのだ。
感情の振れ幅が大きすぎて騒がしい
MISIAはドラマチックに盛り上げるし、Michael Jacksonはシャウトやアタックで感情を押し出してくる。どちらも感情の高低差を前提にした音楽で、聴き手に情緒の揺れを強制する。
俺が好むのは情緒の平坦さであり、静かで中立的な音だ。だから、この手の感情の押し付けは構造的に合わない。
音の密度が高く脳が休む隙間がない
MISIAの壮大なストリングスも、Michael Jacksonの細かいパーカッションや効果音も、音の層が厚くて密度が高い。
俺が求めているのは余白や静けさで、音の間に呼吸があるような構造だ。しかし、2人の音楽は常に刺激を浴びせ続ける設計になっていて、聴いていると脳が休まらない。疲れるのは当然だ。
リズム構造が俺の求める静けさと真逆
Michael Jacksonはダンス前提のビートで、MISIAもライブで身体を動かす前提の構造になっている。
どちらも身体を動かすための音楽であり、休むための音楽ではない。今の俺は身体的な動きを強制される音が苦手で、音楽に求めているのは静けさや余白だ。だから、この方向性の音はそもそも目的が違う。
俺の嗜好と2人の音響設計は構造的に真逆
今の俺が求めるのは、低音域で平坦で、刺激が少なく、情緒が薄く、中立的なサウンドだ。
MISIAとMichael Jacksonのサウンドは、高音域の張り、声量の圧、刺激の連続、感情の爆発、身体性の強調という方向に振り切れている。つまり、俺が2人を最近聴かないのは好みではなく構造的必然だ。
ジャンルが違っても、2人の音楽は共通構造を持っている。俺が求める静けさや中立性とは真逆の設計でできている以上、聴かないのは合理的な判断だ。











