Mac

WEB制作

驚くべき事実、今どき「デザイナー=Mac」という昭和価値観の会社が実在していた!!

画像はイメージ

まだ生きていた「デザイナーはMac」という神話(笑)を今回はお届けしよう。

Web制作の現場では、ときどき驚くような企業に遭遇することがある。今回出会ったのは「デザイナーはMacを使うもの」という価値観を、いまだに当然の前提としている会社だった。

本気でデザイナー=Macだと思ってる(笑)

しかも、それが冗談やネタの類ではなく、業務環境として本気で固定されている。

正直なところ、2020年代のWeb制作でこの発想が残っているとは思わなかった。1990年代のDTP全盛期ならまだ理解できる。かつてはフォント環境やアプリケーションの事情から、デザイン業務はMacという時代が確かに存在していた。

しかし、それは印刷の時代の話であり、現在のWeb制作とは前提がまったく違う。にもかかわらず「デザイナー=Mac」という公式がそのまま残っている会社が、いまだに存在しているという事実には驚いた。

WebデザインにMacの利点は特にない(笑)

結論から言うと、Webデザインという業務に限れば、Macを使う必然性はほぼない。

むしろ、検証という観点では不利になる場面が多い。Webサイトはユーザー環境で正しく動作することが最優先であり、そのユーザー環境の大半はPCにおいてはWindowsがほぼ全てだからだ。MacでWebを閲覧しているのはほんの少数に過ぎないのが事実。

webの検証作業ではブラウザの表示差異、フォントレンダリング、文字幅、フォームの挙動など、確認すべきポイントは多い。だが、実際のユーザー環境に近い形で確認できるのはWindowsだ。Macでも仮想環境などを使えば検証は可能だが、余計な手間が増えるだけで、とてもじゃないが合理的とは言いがたい。

Web制作は表示確認の作業が非常に多いので、検証がやりづらいMac環境をあえて選ぶ意味はゼロに近い。

Macは文字コードや改行コードのトラブルが多い

もう一つ、実務で困るのが文字コードや改行コードの違いだ。現在はかなり改善されているとはいえ、MacとWindowsの混在環境ではファイルの扱いでトラブルが起きることがある。

特に独自開発のCMS、古いツールや社内システムを使っている場合、文字コードの扱いが厳密で、思わぬ場所で文字化けが起きることもある。Web制作ではHTML、CSS、JavaScript、テンプレート、CSVなど、テキストベースのファイルを大量に扱う。そうした環境では、余計な文字コード問題を抱えないほうが運用は単純になる。

Macで作業したことが原因でサイトが壊れた現場を見たことは数知れない。

それでも残る「Mac信仰」の不思議

YouTubeやUdemyなどでデザイン系の動画講座をみればわかるが、多くのベテランデザイナーが今どきは普通にWindowsでデザインしているのが現実。

それなのに、なぜ「デザイナーはMac」という誤った信仰が未だに残っているのか。

理由は単純で、過去の成功体験がそのまま文化として残っているからだろう。DTP全盛時代、デザイン会社の机には必ずMacが並んでいた。その光景が長く業界の象徴だったため、デザイン業務=Macというイメージが固定された。

しかし、現在のWeb制作は、ブラウザ、フロントエンド、クラウド、Gitといった技術が中心で、かつてのDTPとはまったく別の分野になっている。それでもデザイナーのイメージだけは昔のままという呆れる会社は大企業でも意外と存在する。

道具ではなく検証環境が重要

Web制作で重要なのは、誤ったイメージや信仰、古い価値観でMacを選ばないことである。

にもかかわらず「デザイナーはMac」という化石のような発想だけが残っている会社を見ると、世界の時間がどこかで止まっているように感じてしまう。

Web制作は常にユーザー環境を前提に作るのが鉄則だ。もし、今でも「デザイナー=Mac」という前提で環境を決めている会社があるなら、それは技術的的理解がないのはもちろん、昔の価値観から抜け出せていない証拠だと言えるだろう。

PC & モバイル

なぜ“雰囲気Mac人間”がいる職場はブラックなのか?

IT系やWEB系企業などでは、貸与されるPCをWindowsかMacか、社員が自由に選択できる場合がある。

表向きは自由で合理的な対応に見えるが、事務作業しかしない職種なのにMacを選ぶ社員は、業務効率よりも「雰囲気」を優先し、職場に演出の文化を持ち込む。合理性を重んじるWindows派と、自己演出を重んじるMac派。その対立は単なるOSの違いではなく、職場がブラック化するかどうかを左右する分岐点となる。

雰囲気Mac人間が職場を黒く染める

事務作業しかしないのにMacを選ぶ必要性はない。請求書のPDF出力や社内システムへの入力、Excelでの集計などはWindowsでこなす方が効率的だ。

それでも「Macを使っている自分」を演出するためにMacを選ぶ社員がいる。会議で「Macの方がスタイリッシュだから」と言い切る姿は、合理性よりも見栄を優先している証拠である。その結果、Excelの関数がうまく動かず、互換性調整に時間を奪われる。職場全体が余計な負担を背負い、合理性が崩壊していく。

演出が支配する職場文化

Macを使うこと自体は悪ではない。しかし、業務に不要な選択を「自分は違う」という演出のために行う“雰囲気Mac人間”がいると、同じ演出が文化として社内に蔓延する。

Slackのチャンネルで無意味に絵文字を多用し、ステータスに毎日違う絵文字を並べて存在感だけを演出する社員がいる。どうでもいい社内資料の見栄えや会議の形式ばかりが重視され、数字の正確さや期限の厳守は軽視される。職場は「合理性よりも虚飾」を優先する構造へと傾き、実務よりも演出が支配する空気が広がる。

職場に求められる空気の演出

“雰囲気Mac人間”がいる職場では、他の社員にも同様の演出が求められる。

意識高い風を装い、報告書は見栄え重視で作られる。会議では忙しそうに見せることが暗黙のルールになる。実際には定時で帰れる業務量なのに、わざと遅くまで残ってMacの画面を開き、カフェ風のBGMを聴きながら「仕事している感」を演出する社員がいる。職場全体が空気を読めという圧力に支配され、合理性を捨てるよう強制される。実務を淡々とこなす人よりも、演出に従う人が評価される構造はブラックそのものだ。

雰囲気Macは演出に偏っている証拠

“雰囲気Mac人間”が許容されるのは、職場の価値判断が実用ではなく演出に偏っている証拠である。

評価は成果ではなく演出に左右され、合理性は軽視される。数字を正確に処理する社員よりも、Macで絵文字を多用した社員が高く評価される。職場は演出のための犠牲者を生み出し、構造的な不公平を固定化する。これはブラック企業の典型的な縮図であり、合理性を求める人ほど損をする仕組みだ。

Macは道具にすぎない。だが、それを雰囲気で使う職場は合理性を捨て、演出を崇拝する。そんな職場はブラックの本質を体現している。

PC & モバイル

MacにAndroidのスマホをUSBケーブルで接続しても認識しない問題仕様

昔勤めていたブラック中小企業のアホな先輩が、動画編集業務のためにパイセンの権力でMacとPremiere Proを会社経費で買ったのだけど、Mac版Premiere ProはWmv形式の動画を扱えず、すべての納品をWmvでやっていた会社だから何の役にも立たなかったという笑い話があった。

会社の金を無駄遣いした先輩モドキがどうなったかというと、何のお咎めもなしというのがクソプラック企業ならではだけど、似たようなもちそならではの仕様に遭遇した。

それは世界のデファクトスタンダートのスマホOS、Androidを接続しても認識しないということである。

Windowsだと接続するだけでファイル転送できるのに(笑)

俺は端末を持っているけどWindows Phoneが闇に葬られたことで、WindowsとAndroidは連携がよい。

iPhone1台の値段で10台くらい買えるくらいの安物中華Androidでも、今どきのAndroidは何の追加アプリなども必要なく、標準機能のみでUSNケーブルで繋ぐだけでファイル転送ができる。

超ラクチン、超簡単。

だが、これはWindowsとAnodroidの組み合わせだからできることで、実は弱小マイナーOSのMacでは認識すらしないのであった。

かつては公式の転送アプリがあったらしい

ではどうやってMacユーザーはAndroidにファイルを転送しているのか。

俺の知ったことではないが、かつてはGoogleなのかな、公式がファイル転送アプリを無料で公開していたという。

ただ、MacもAndroidもアホみたいなペースでバージョンアップするから対応が難しくなったのか、現在では公開されていない。

ネット上で拾える残骸を使ってみても、俺の端末では認識しなかった。

有料アプリなどで転送ができる場合もあるそうだが、MacユーザーはiPhoneを使っているという前提にあるのだろう。

MacとiPhoneですら転送は便利ではないけれど、スマホと連携しにくいMacというのは、昔勤めていたクソブラック中小のアホな先輩モドキを思い出させたのである。