クルマ

コネタ

クルマ業界では紙カタログが全面廃止寸前!? マンションポエムと類似した空想世界の物語

俺は昔、某車媒体の編集部にいたことがある。

車のカタログはタワマンとかの住宅仰臥位における「マンションポエム」に類似したところがあって、スペックや価格といった事実情報を載せながら、その奥にある理想の生活や、所有する意味を言葉とビジュアルによって、詩的に過剰演出する構造が極めて似ている。

そして、車は一般に高額商品だ。イオンのおせちカタログなどに比べて、紙質、写真、レイアウト、コピーライティングに至るまで、明らかにコストがかかっており、デザインが洗練されていて、どの角度から見てもスーパーのチラシより高級感がある。

末端のデザイン業界を支える俺にとっては、こうしたカタログは単なる印刷物ではなく、構図、余白設計、タイポグラフィ、色の使い方、詩的表現まで含めた総合教材として、最高の先生であった。

車買う気ゼロでカタログだけを狙う行動

時代の最先端をデザインで表現するために、車を買う気は全くないが、車のカタログだけを収集するべく、主要メーカーの店舗を巡ったのである。

目的は明確で、営業トークではなく、カタログ紙面そのものを分析することにあった。

どの車種にどのようなストーリーが与えられているのか、ページごとの視線誘導はどう設計されているのか、スペックページの無機質さとイメージページの情緒はどう切り替えられているのか。

そういった細部を持ち帰って分解したかった。しかし、実際に店舗を回ると、単に「カタログをください」という行為自体が想定されていない動きであることに気づかされる。営業導線はあくまで「商談」に最適化されており、「資料収集」はノイズとして扱われる。

2026年、紙カタログは絶滅寸前寄りの縮小傾向

車は環境破壊の大元であると冷たい目を世間から向けられているからか、2026年現在で紙のカタログを堂々と提供しているメーカーは少数。

これは単なる環境配慮だけでなく、在庫管理コストや改訂頻度の問題、そして何よりユーザー行動のデジタルシフトが重なった結果でもある。車屋に行って「じっくり検討したいからカタログをとりあえずくれ」と言っても、「車種は? 予算は? 今乗ってる車は?」と聞かれて、カタログを入手するのは簡単ではない。

紙で一覧的に比較したいというニーズは、すでに顧客行動の外に置かれている印象すらある。紙は検討の入口ではなく、成約直前の補助資料に役割が変わっているのだ。

見込み客だけに渡される紙カタログという宝

高級車レクサスの店舗では、WebサイトやPDFファイルを読み込ませるQRコードの一覧表だけ渡されて、紙のカタログは買う気と予算のある見込み客にだけ渡される仕組みだった。

これはブランド戦略としては合理的。紙カタログ自体が一種の選別装置になっているのだ。イオンや家電量販店みたいに誰にでも配るのではなく、こいつはもう買う寸前という深い顧客にだけ紙のカタログが提供される。

一方で、デザイン資料としてそれを見たいだけの側からすると、入口で遮断される構造はかなり厳しい。

デジタル化された紙カタログの限界

QRコード経由で閲覧するPDFやWebカタログは、情報量や更新性の面では優れているが、印刷物としての完成度とは別物である。

紙特有のサイズ感、ページをめくる感触、インクの乗り方、マット紙かコート紙かといった質感の違いは、画面上では再現されない。特に高級車カタログにおいては、紙の厚みや製本方法そのものがブランドメッセージの一部になっているため、PDFでは意図の半分も伝わらない。

結果として、デザインの表層は見えても、設計思想の深い部分が取りこぼされる。教材としての価値と体験の質は明確に低下している。

日産だけが例外だった紙カタログの現場感

紙カタログを完全に廃止しているメーカーもある一方で、俺が巡った中では複数車種の紙カタログが未だに配布し放題だったのは日産だけだった。

受付で予算や検討車種を細かく詮索されることもなく、複数冊をまとめて持ち帰れる状況は、今となってはかなり異質に映る。時代遅れなのか、親切なのか何なのかよくわからないが、少なくとも、持ち帰り放題という点では貴重だった。付け加えると、箱ティッシュすら持ち帰り自由だった。

ブランド戦略上の統制が緩いとも言えるし、逆に接点拡大を優先しているとも解釈できるが、いずれにせよ、他社との温度差は明確だった。

教材としての車カタログは失われていく

自動車のカタログから高級デザインのエッセンスを学び取ろうとした俺は、途方にくれたのであった。

かつては誰でも手に入った高品質な紙媒体が、今では選ばれた顧客にだけ届く存在に変わった。

末端のデザインを設計する側からすると、一流のアウトプットに触れる機会そのものが減っているという意味で、これは静かな損失である。カタログは単なる販促物ではなく、企業がどのように価値を言語化し、視覚化しているかを凝縮した成果物だった。その入口が細くなった現状は、業界全体の裾野にも影響を与えかねない。

結局、何が言いたいかというと、他の業界ではあまり聞かないのに、自動車業界だけは紙カタログを減らして「環境対策しました!」という違和感にも映るアピールが強かったということだ。