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ブログ記事に「独自いいねボタン」を実装しても誰にも押されない科学的な理由

画像はスーパーホテルのウェルカムバー(記事と関係ありません)

ブログやオウンドメディアの記事に、よくあるSNS連携の「いいねボタン」ではなく、あえて独自の「いいねボタン」を実装したいという場合がある。

だが、この独自の「いいねボタン」を実装しても、アクセス数はきちんと稼いでいるページでもほとんど押されることはない。これは技術の問題でも、配置や色などデザイン的な問題でも、読者の冷たさでもなく、もっと根本的な“人間の心理構造”に原因がある。

その構造は、映画『インターステラー』に登場するマン博士の行動を見ると、驚くほど鮮明に浮かび上がる。

重要なネタバレ注意

この記事には、映画『インターステラー』の重要なネタバレが含まれています。未視聴の方は、先に映画を観てから読むことをオススメします。

個人的には、SF映画の中でも“人間の本性”が最も露骨に描かれた作品の一つなので、人間の心理を理解するためにも未視聴ならぜひ観てほしい。Blu-rayやDVDなどの他、配信サービスでも扱われているので、興味があればチェックしてみてください。

人は“自分の利益にならない行動”を本能的に避ける

映画『インターステラー』に登場するマン博士は、自分が生き延びるためにデータを偽装し、仲間を裏切った。倫理や使命よりも、自分の生存が優先されたという点で、彼の行動は極端でありながらも、人間の本質を正確に映している。

読者にとって「独自いいねボタン」を押すことは自分の利益にならない。SNSボタンなら自分のSNSの一部としても作用するメリットがあるが、「独自いいねボタン」は押したところで読者本人は何も得られない。

ユーザーは本能的に「メリットのない行動」を避ける。マン博士が“自分のためになる行動”を選んだように、読者も“自分のためにならない行動”を自然に切り捨てるのだ。

人は“不確実性”を避ける

マン博士がデータを偽装したのは、真実を告げれば自分が見捨てられるかもしれないという不確実性を恐れたからだ。

人間は、結果が読めない状況を本能的に避ける。ユーザーにとって「独自いいねボタン」は小さな不確実性を含んでいる。押したら何が起きるのか、どこに送信されるのか、公開されるのか、追跡されるのか。こうした曖昧さは、読者にとって“避けるべきもの”として認識される。

マン博士が不確実性を恐れて行動を歪めたように、読者も不確実性を避けるためにボタンを押さないのである。

人は“自分の目的”以外の行動をしない

マン博士の目的は生き延びることであり、それ以外の目的はすべて切り捨てられた。人は目的に沿わない行動を極端に嫌う。

ユーザーの目的は、自分の問題を解決することだ。検索して、情報を得て、疑問が解決したらページを閉じる。「独自いいねボタン」はその目的から完全に外れている。マン博士が“目的外の行動”を切り捨てたように、ユーザーも“目的外の行動”を切り捨てる。その結果、「独自いいねボタン」は押されない。

人は“痕跡を残す行動”を避ける

マン博士は、自分の裏切りが露見することを恐れ、痕跡を隠すように行動した。

人間は、自分の行動が記録される可能性を本能的に嫌う。ユーザーはコメントやシェア、いいねといった“痕跡が残るかもしれない行動”を避ける傾向がある。匿名で静かに情報だけ取って去りたいユーザーにとって、得体の知れない「独自いいねボタン」は“余計な痕跡”になり得るから押さないのである。マン博士が自分の痕跡を隠したように、ユーザーも自分の痕跡を残さないのだ。

人は“余計なエネルギー消費”を嫌う

マン博士は極限状態で、生きるために必要な行動だけを選び、それ以外は切り捨てた。人間は、余計なエネルギーを使う行動を本能的に避ける。

ユーザーにとって、「独自いいねボタン」を押すという行為は、ほんのわずかな認知コストと行動コストを要求する。しかし、そのわずかなコストですら、ユーザーの目的に対しては“余計な負担”として扱われる。マン博士が生存に不要な行動を切り捨てたように、ユーザーも自分の目的に不要な行動を切り捨てるのだ。

企業がアンケートにアマギフをぶら下げるのも同じ構造

企業がアンケートにアマギフを報酬として付けるのは、「人は自分の利益にならない行動をしない」という前提があるからだ。

アンケートは面倒で、時間がかかる。そのままでは誰も答えない。だから、企業は人間の利己性を刺激するためにアマギフという“行動の対価”を用意する。つまり、企業は「メリットがなければ人は動かない」という事実を前提に、行動を引き出すための“餌”を設計している。

あなたが設置した、あるいは設置しようとしている「独自いいねボタン」には、その“餌”がない。だから、押されないのである。

いいねボタンが押されないのはマン博士の行動からわかる

マン博士の裏切りは極限下での例だが、その根底にあるのは「人は自分の利益にならない行動を避ける」という普遍的な性質だ。

企業がアンケートにアマギフを付けるのも、この性質を理解しているからである。あなたの「独自いいねボタン」が押されないのは、ユーザーの目的にも利益にも関係がなく、不確実性があり、さらに痕跡が残る可能性もあり、余計なエネルギーを使う行動だからだ。

つまり、押されないのは人間の構造的な理由であり、技術やデザイン、記事内容のせいではない。つまり、「独自いいねボタン」は、人間の行動原理と根本的に相性が悪いインターフェイスだと言える。

WEB制作

Web制作の延長でSNS担当をやると地獄を見る理由

画像は味噌ラーメン(記事と関係ありません)

Web制作とSNS運用は、同じWebの仕事に見えるが、構造が根本的に異なる。

Web制作は要件定義、設計、制作、納品という“閉じたプロセス”で進む。一方、SNS運用は投稿、反応、改善、炎上リスク管理という“終わりのない循環”が前提だ。

Web制作の延長でSNSを扱おうとすると、この“終わらない構造”に巻き込まれ、精神的にも作業的にも消耗しやすい。

SNS運用担当者は「空気」で評価される

Web制作は成果物が明確で、評価軸も比較的安定している。

しかしSNS運用は、実際には数字よりも“空気”で判断されることが多い。「なんか違う」「もっとバズらせて」「うちのブランドっぽくない」など、曖昧な基準が日常的に飛んでくる。

ロジックで動く人ほど、この曖昧さに振り回される。Web制作のように“正解を積み上げる”仕事ではなく、“正解が毎日変わる”仕事なのだ。

責任だけ重く裁量はほぼない

特に派遣や業務委託など正社員以外でSNS担当を任されると、裁量はほとんど与えられないのに、炎上リスクだけは背負わされるという構造が生まれる。

投稿内容は上司の承認待ち、トーンも企画も担当者の指示通り、でも反応が悪ければ評価に繋がらない。Web制作のように自分の判断で品質をコントロールできる環境とは真逆で、コントロール不能な要素が多すぎる。

SNSは「常に見られている」仕事である

Web制作は納品すれば一区切りつくが、SNSは常に外部から監視される。

投稿後の反応、コメント、炎上の兆候、社内のチェック、競合の動きなど、気を抜ける瞬間がない。Web制作の延長で軽く引き受けると、この常時監視モードに精神が削られる。一定の距離感で淡々と運用したいタイプにとって、この構造は相性が悪い。

SNSは「場当たり対応」が多く運用ロジックが崩れやすい

Web制作は計画と工程管理が命だが、SNSは突発的な対応が多い。

急なキャンペーン、炎上対応、上層部の思いつき、トレンドへの即応など、計画が簡単に崩れる。再現性のある運用を重視するタイプにとって、SNSの場当たり性はストレスの温床になる。ロジックで積み上げる仕事ではなく、外部要因に振り回される仕事だからだ。

Web制作のスキルが活かされるようで活かされない

Web制作の知識はSNS運用に一部役立つが、核心部分は別物だ。

SNSはコンテンツ企画、文脈理解、ブランドトーン、炎上リスク管理、コミュニティ心理など、制作とは異なる領域が中心になる。制作の延長でSNSを任されると、「できると思われているのに、実際には別の能力が必要」というギャップに苦しむことになる。

SNS担当はWeb制作の延長ではなく全く別の職種である

Web制作とSNS運用は、同じWeb領域に見えて、実際には構造、評価軸、責任範囲、必要スキルが完全に異なる仕事だ。

Web制作の延長でSNS担当を引き受けると、この構造のズレに気づかないまま、曖昧な期待値と終わらない運用に巻き込まれ、地獄を見る。特にロジック、構造化、再現性を重視するタイプにとって、SNS担当は相性が悪い職種であることはほぼ確実だ。

コネタ

融雪剤を開封して保管すると勝手に液体になる理由 -空気中の水分を吸う“潮解”の正体-

画像は融雪剤のイメージ

冬が訪れ、屋外に保管していた融雪剤の余りの袋を久しぶりに手に取ると、なぜか中身が液体になっていることがある。

雨が入り込んだ様子もなく、誰かがいたずらしたようにも思えない。これは怪奇現象なのだろうか。

融雪剤が放置で液体化する現象

雪に触れたわけでもなく、個体だったはずの粒がいつの間にか水になっている。この奇妙な変化は、まるで袋の中で何かが勝手に進行していたかのようだ。これは一体、融雪剤の身に何が起きたのか。湿気のせいと言われればそれらしいが、実際にはもっと科学的で、しかも融雪剤ならではの特性が深く関わっている。

白い粒だったはずのものが、雪に触れていないのに液体化していく。この現象は直感的には「夏場の気温や湿気で溶けたのかな」と思いがちだが、実際には融雪剤が持つ化学的な性質がそのまま表面化した結果だ。

つまり、融雪剤は放置されている間も、全自動で化学反応を進めているのである。

主成分の塩化カルシウムは強力な吸湿性がある

融雪剤の多くは塩化カルシウム(CaCl₂)を主成分としている。この物質は空気中の水分を強力に引き寄せる性質を持ち、湿度が高い環境では自ら水分を吸い込みながら溶けていく。これを「吸湿」と呼ぶ。

塩化カルシウムは特に吸湿性が強く、雪がなくても空気中の水分だけで液体化が進むほどだ。袋を開けた状態で放置すると、周囲の湿気が絶えず入り込み、粒状の融雪剤は水分を吸収し続けることで形を保てなくなり、やがて液体へと変わっていく。

吸湿が進むと起きる潮解という現象

吸湿が一定以上進むと、塩化カルシウムは固体として存在できなくなり、自ら吸い込んだ水分に溶けて液体化する。

このプロセスは「潮解(ちょうかい)」と呼ばれる。潮解は固体が空気中の水分を取り込み続けることで、最終的に液体へと変化する現象だ。融雪剤を開封して放置すると、袋の中でこの潮解が進行し、粒が崩れ、内部で溶け合い、底に融雪剤の溶液が溜まっていく。これは塩化カルシウムの性質がそのまま働いた結果である。

吸湿→溶解→さらなる吸湿という連鎖反応

塩化カルシウムは水に溶ける際に熱を発生させる性質も持っている。

吸湿によって生まれた水分と反応しながら自ら溶けていくため、溶解が進むほど表面積が増え、さらに水分を吸いやすくなる。こうして、吸湿→溶解→さらなる吸湿という連鎖が起こり、固体から液体への相転移が加速する。開封して放置された融雪剤が時間の経過で液体化してしまうのは、この連鎖反応が起きているためだ。

袋の中で起きているのは本来のメカニズム

融雪剤が雪を溶かすときも、実は同じメカニズムが働いている。

雪に触れた融雪剤は自ら溶け、雪解け水に溶け込んで液体化する。融雪剤の袋を開封して放置した袋の中で起きているのは、雪がないだけで、化学的にはほぼ同じプロセスだ。つまり、融雪剤が水になるのは融雪剤が本来持つ性質がそのまま発揮された結果にすぎない。