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【200円】京都市の宿泊税というモヤモヤする税金について考えてみる

歳とったら古都の良さが少しはわかるかと思いきや、特に全然わからんという・・・

先日、京都市内に所用があって市内のどうでもいいような安ホテルに宿泊したのだが、事前に聞いていた通り、1泊当たり200円という「宿泊税」が宿泊料金とは別に徴収された。

温泉ホテルに泊まると入湯税150円が別途徴収される場合があるが、宿泊税がかかるような所に泊ったのは初めて。

俺が考えたところでどうにもならないのだけど、この宿泊税がなぜモヤモヤするのかについて考えてみる。

日本国内では10か所くらい、海外でも全世界的に徴収される!!

日本国内では京都市の他には、東京都、大阪府、金沢市、北海道の倶知安町(田舎だがスキーが外人にも有名なリゾート地)、福岡、北九市、長崎市などで徴収されている。

一度旨味を覚えたら簡単には辞められないのが人間だから、今後はもっと増えていくことだろう。

金額的には宿泊料金に応じて100円とか200円くらいを徴収するところが多い。倶知安町は2%なので宿泊料金に応じて変動するタイプ。

京都市の場合はどんな安ホテルでも最低200円かかり、1泊5万円以上の場合は1000円も徴収される。これは国内では現時点としては一番高い。

海外ではニューヨーク、ロサンゼルス、ハワイ、ローマ、パリ、ドバイなど、日本人が憧れる(笑)ような街はほとんど徴収される。

ざっと調べたところ、最高額はハワイ。室料の9.25%と京都が安く思えるほど高い。為替変動などによっては、もっと高い所もあるかもしれない。

宿泊税はヨーロッパでは2010年代以降はほとんどの国や街で導入されているっぽい。こんちくしょうめ。

マレーシアだとか東南アジアでもここ5年くらいは導入されていて、ブラジルのサンパウロや、アフリカ大陸の国でも徴収されるところがある。

もはや世界的な傾向として、この流れは止められないらしい。

旅行者とかカネを取れそうな人からは、隙あらばカネを貪り取る方向のようだ。

宿泊税が三日三晩モヤモヤする理由

ええと・・・なんだっけ、京都市の宿泊税がモヤモヤする理由だったか。

4000円の安ホテルに泊まって200円も徴収されたとしたら、実に5%もかかるのだから、これはちょっとモヤモヤするのではないかと思った次第である。

しかし、もはや世界的な傾向であり、ハワイとかに比べたらそんなに高くないのではないかと思いつつ、簡単に信念が揺らいでしまうブレやすい体質にがっくりしてしまうのだけど、モヤモヤする理由を3つほど捻り出してみよう。

観光じゃない用事だろうと全員徴収される

修学旅行生とかは免除されるらしいけど、観光だろうと、仕事だろうと、何らかの用事だろうと、宿泊施設に泊った人は全員徴収されるのが基本。ネットカフェとかは実態はともかく宿泊施設ではないから徴収されないはず。

世の中には「ヤミ民泊」というものがあって、無許可営業の宿泊施設への対策のためみたいな話もチラッと目にしたが、わざわざ無許可の怪しい宿泊施設に泊る必要性を感じたことがないので、そのへんの事情はよくわからなかった。

この税金の使われ方はそれぞれの街によると思うけど、主に観光施設を整備したり、旅行者向けのサービスに使われるものだと思う。

住民向けの施設に使うのなら旅行者から取るのは違う気がするけど、最近はふるさと納税だとか、住んでもいない人からカネをかき集める仕組みが当たり前になっているから、やったもん勝ちなのではないかと思ってしまう。

自宅のリフォームとか何らかの事情で市内在住者がホテルに泊まっても宿泊税がきっとかかるのだろう。

貧乏旅行者にも一律200円も徴収される

高級ホテルとか高級な旅館とかに泊る金持ちから宿泊税を取るのは、一般大衆より良い思いしていると考えられるから税金を特別に取るのはそんなにおかしくない気がする。

だけど、京都市の場合はどんなに安いホテルでも200円かかるため、4000円の安ホテルだと5%、2000円のゲストハウスとかだったら10%にもなって、ハワイを超えて世界最高額クラスになってしまう。

ハワイやパリやローマに匹敵、もしくはそれらを超える魅力が京都にあるのかどうかと、いちいち天秤にかけてしまうのが我ながら貧乏人の悲しい部分か。

自分は古都に魅力を感じないから違和感を感じるというのもあるが、京都の街並みを堪能するための税金だとしたら金額以上に高く感じてしまう。

ただ、それを言い出したら付き合いで嫌々飲む酒にも酒税がかかるし、経費で落ちない仕事で使う物品を買うのにも消費税がかかるから、似たようなモヤモヤする税金は世の中に蔓延しているとも考えられる。

京都市と東京ディズニーランドが同列扱いであるから

関西ではどんな話にも必ず最後にオチを要求されるらしいので、ここでは関西風に無理やりオチを作ってみようと思う。

世間には寺を城を見るのが好きな人が多いのかもれしないけど、個人的には寺や城を見てもちっともグッと来ないのである。

愚かな存在である人間が作った構造物全般に魅力を感じることは少ない。自然が作り出すものの方がずっと心地よさを感じる。

高校生の時に修学旅行でも京都に訪れて丸1日滞在させられたが、自由時間に最低1か所は寺か城かに訪れないとならない決まりになっていた。

しょうがないからと、京都駅から北に進んだところにあった何という名前かもわからない寺で同じグループの人たちと記念写真を撮ったものである。

日本の歴史を語る上で重要な施設が京都には沢山あるだろうから、修学旅行で訪れる場所としては間違ってはいないだろう。

しかし、別に日に東京ディズニーランドに行かされたのは一体なんだったのだろうと今でも思う。

同じような扱いなのに「ディズニー税」なんてものはさすがにないと思うが、京都市にだけ税金がかかるからモヤモヤするのではないかと思う。

コネタ

だから俺は関西が嫌いなんだ! 関西の某私鉄で起きた珍事と心の持ち方

関西はお好み焼きが旨いのだけは認める(写真は自家製)

土地の文化というのは人の文化であるから、関西が嫌いとは、ほぼほぼ関西人が嫌いなのとイコールである。

地域ごとに土地柄や文化の違いがあるのは当然だから、いちいち活字にするのはダサいと思って今まで書かなかった。

だが、ネットで検索すると、東京など関東の人間からすると「寒気がするくらい関西人が嫌い」というような声がとても多いのである。

なるほど、個人的な好き嫌いの問題ではなくて、世間の一般的な傾向なのだった。

まるで健康診断の結果がオールAだった時のような安堵を覚えたりするが、関東や東日本地域の人間が大切にしている価値観と、関西人のそれは真逆と言えるくらいに違うものなのである。

私は昔、ある事情で関西地方の某政令指定都市に少しだけ住んでいた事があるが、そこで出会った人たちは、自分の価値観からすると毎日イエローカードやレッドカードを出さないとならない違反者ばかりだったのである。

日常の関西弁が全てキツく感じる

私はほぼ標準語圏である北海道出身だが、何かとつけて関西弁はキツく感じる。

単なる日常会話なのかもしれないが、常に怒っているように聞こえる。えっ、そんな怒られるようなことしたかよ〜と思うことばかり。

「〜やろ?」「アホちゃうか?」などなど、関西弁のことなど考えたくもないから、あまり例が思いつかないものの、標準語圏の人間からすると、この人なんでキレてるの?と思うような言い回しが多い。

語尾の「〜です」とかも標準語とイントネーションが逆なので、気持ち悪い思いをすることが日常の全てだった。

私はテレビを観る習慣はないが、関西芸人の喋り方は仕事用というかテレビ用の「芸」として受け入れられるとしても、目の前でリアルに日常会話で関西弁を使われると引いてしまう。

小さい子供から老人まで、サービス業の人とかも含めて、みんなキレ気味の関西弁なので、住んでいた時は生きた心地が全くしなかった。

郵便局や新聞の勧誘の人とかも、漏れ無くみんなキレ気味なので、どうしたものかと思った。

自分も関西弁を喋ることしか解決策はないように思えたが、穏やかな日常を好む自分として、そんなキレまくった言葉を使うことに抵抗があり、結局、これには慣れる事ができなかったのである。

他人に対する遠慮が感じられない

私が知る限り、北海道や東北、新潟、関東などの東日本地域では、基本的に他人との精神的な距離を保とうとする。心のパーソナルスペースというやつだ。

ところが、関西地域では心のパーソナルスペースという概念が存在しないか、あっても1.5ミリくらいしかないように思う。

職場や学校などで知り合いや友達になればズカズカと土足で心の領域に踏み込まれるし、そんな日常だからか、その延長線上でアカの他人に対しても遠慮がない。

言いたいことがあればアカに他人に対しても突っかかるし、お笑いというものに興味関心がないのでよくわからないが、ツッコミの一種のつもりなのだろうか。

本人はツッコミをせずにいられないのかもしれないが、突っ込まれる側にしたら迷惑でしかない。

理屈が通じない!お前に席を譲らないとならない理由

関西人の嫌な部分を思い出して書こうとするとそれだけでムカムカして血圧も胃液も上がるので、さっさと本題に移ろう。

まあ、関西人が嫌いな人の意見なんてものは、「関西人 嫌い」などとネットで検索すればいくらでも具体的な事例が出てくる。耐えられないほど関西人にムカついてモヤモヤする人は、そっちを参照するとよろしい。

出来事を簡潔に言うと、大阪の淀屋橋駅から某私鉄で京都方面に向かう電車でのこと。関西と言っても広いので都道府県で言うと大阪、京都ということになる。

所要で10数キロほど街をぶらついたあとのため、確実に座りたくて始発である淀屋橋から乗ろうとわざわざこの駅に来たのだ。

2本ほど電車を見送ったあと、快速だか特急だか急行だかの一般席に座ることができた。ロングシート中心の首都圏と違って、関西では都心部でも私鉄とJR共にセミクロスシートの電車が多い。

都市部だと込み合って乗り降りに時間がかかるのになんで? と思うが、関西では実用性よりもサービスが求められるということだろう。

犬と子供と関西人がとにかく苦手

私は直感で3つ嫌いなものを挙げるとしたら、犬と子供と関西人がそれである。デリカシーがないし、うるさいことが多いから。

京都方面行きの某私鉄にしばらく乗っていたら、なぜか後ろから肩を「トントン」と叩かれた。

そもそも、肩を叩くなんてリストラみたいで気分が悪いから、気軽に肩叩くんじゃねーよ、バカ野郎。

その30歳前後くらいのどこにでもいるような、平凡で特徴のない普通の見た目の男が言うには「よかったら自分たちに席を譲ってくれないか?」とのこと。こういう、一見そんなことをするようには見えない人間こそが危険人物なのである。

その人の嫁らしき人と子供を座らせたいようだった。

優先席を巡っては首都圏でも問題になることはあるが、これは一般席の話である。

これって東京では見たことも聞いたこともないが、関西では当たり前のように言うけども、果たして当たり前のことなんだろうか?

「だが断る」と言っても、相手はめんどくせー関西人だ。

疲労困憊だし、単純に超めんどくせーので譲ってあげたものの、釈然としない気持ちだけが残った。

しかも、女の方がお礼も言わず当たり前のように座る(笑)。

そして、こいつらは何と一駅で降りる。なんだかなー過ぎる。

そういえば同様の出来事は韓国の列車でもあった

この電車にはプレミアムなんとかというグリーン車みたいのがあるし、嫁思いだか子供思いとかなら、優先席付近に乗車するとか、まずアカの他人に突っかかるより少しは自分の頭と小金を使えよ、と思う。

もしくは快速だか特急ではなく、各駅とかに乗れば空いていることが多いので1本遅らせるとか。しかし、こいつらのレベルではその発想を求めるのは無駄だったか。

自分も他人も快適に過ごせるように、最低限の頭くらいは使いなさいということだ。

そういえば、似たようなことは数年前に韓国のKTX(高速鉄道)でもあった。

私が有料で取った指定席で窓際の席に座っていたら、後から乗ってきた韓国人カップルが「彼女と並んで座りたいからどけろ」と当たり前のように言ってきたのである。

もちろん断ったが、関西も韓国も異文化であることには違わないのであろう。

同じ文化圏の人だと思って接するから頭にくる

関西は仕事で嫌嫌訪れるくらいしか今後は行かない(行きたくない)が、精神衛生のために一連の出来事は、第3世界だとか理屈が通じない外国での出来事と思うことにしておく。

彼ら彼女らは、自分が得することだけが正義であり、他人を犠牲にすることは鼻くそでもないのである。まともに取り合うだけ無駄なのだ。

北海道や沖縄のホテルのフロントでなにやら揉めているのも大体は関西人。

言葉がキレてる関西弁だから嫌でもわかる。他の地域の人が揉めないような小さなことでも、何かと突っかかるのだろう。

全国各地の観光地でも、周りの静けさとは対照的に無遠慮に騒いでいるグループは関西人か中国人であることが多い。土地柄が人間の行動に影響するということだろう。

関西人にムカついた貴方も、外国人だと思えば不思議とそんなにムカつかない・・・かもしれない。

だが、こんなしょうもない珍事でわかったのは、自分と同じ文化圏の人間だと思って接するからムカつくということだ。

関西に訪れる時は理屈が通じない異文化の土地だと割り切る心が必要なのであろう。

蛇足 某鉄道会社に聞いてみたら特にそんなルールはないらしい

モヤモヤするので某鉄道会社に聞いてみたところ、家族連れや幼児に席を譲るルールやマナーは存在しないらしい。

マナーの悪い利用者には普段から苦慮しているそうで、あいつらもその手の当たり屋みたいな連中だったってことか。

にしても、関西の電車は関西人同士で言い争っているのをよく見るし、乗ると気分悪くなることが多くて嫌だわん。移動手段に困るね。

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北海道が日本に取り込まれた近代の歴史を整理してみる

北海道にはアイヌ語由来の地名が数多く存在する

昔、どこだかで「北海道には歴史がない」などというトンチンカンなことを言っている人がいたのだけれど、正しくはそのトンチンカンが無知なだけなのである。

でも、義務教育や高校で習うレベルの日本史には確かに北海道の歴史は1ページくらいでしか書かれていなかった気がする。

だから、疑うことなく真面目に学校だけで勉強した人ほど、「北海道には歴史がない」と思い込んでいる日本人は意外と多いのかもしれない。

北海道の義務教育では『北海道の歴史』とか『アイヌの歴史』みたいな補助本で習ったりするけども、改めて考えてみるとよくわかっていない部分もあるので自分用にサクッと整理してみようと思う。

13世紀~14世紀頃 和人が徐々に北海道に進出

その後に明治政府が命名した北海道は元々は先住民族のアイヌが暮らしていた場所で、北海道のことはヤウンモシリと呼ばれていた。

このころは元(モンゴル帝国)とアイヌの間で勢力争いによってたびたび戦闘が起こっていた。

13世紀に本州最北端の津軽半島に和人が進出して港を整備。

14世紀になるとヤウンモシリの南部、今でいう函館近辺に和人とアイヌの交易の拠点となる12の「館(たて)」を築き、これを道南十二館という。

17世紀~18世紀頃 和人に自由を奪われていくアイヌ

1604年に誕生した松前藩はアイヌとの独占的な交易を許されていた。

しかし、しだいにアイヌから交易の自由を奪い支配するようになっていく。当時は寒さで米が収穫できない土地だが、鮭を大量に要求したり、不公平な取引をするようになっていく。

17世紀の半ばはサケの漁業権を巡ってアイヌのグループ同士の対立も激化。

英雄シャクシャインは、対立の原因を松前藩の横暴であるとして、アイヌ全体に松前藩との闘いを呼びかける。

そして、2千人以上のアイヌが祀前に進軍して和人を倒す。

しかし、松前藩は幕府に応援を頼んで和解に持ち込むものの、和解の席でシャクシャインは裏切られて殺されてしまう。

シャクシャインの死によって、アイヌは和人に敗れてしまう。

18世紀~19世紀 ロシア接近で幕府がヤウンモシリを直轄領に

外国船が日本各地で開国を要求していた時代、ヤウンモシリにもロシアが迫っていた。

ロシアがヤウンモシリに進出する機会を伺っているという情報により、1799年には松前藩に任せるのではなく、幕府が直接支配する直轄領としていくことに。

アイヌは和人と同じような服装や髪形を要求され、名前も和人風に変えさせられた。

1954年には日米和親条約が結ばれたことによって箱館港が開港。

19世紀~20世紀 ヤウンモシリが日本に統合されて北海道に

1868年に成立した明治政府によってーは植民地政策を推し進め、琉球、台湾、朝鮮などの民族を日本に組み込み、日本は多民族国家となった。

1869年にはヤウンモシリが「北海道」という名前に変えて直接支配することに。

本州から北海道に移住する和人が増えて、1903年にはアイヌが約1万8千人に対して、和人が約108万人という人口構成になった。

※ここまでの主な参考文献

ここからは個人の所感であるが、この道外から移り住んだ和人が大半という人口比は現在にも通じるもので、現在の生粋の北海道在住者も当時移り住んだ和人の2世や3世や4世であることが多いと言える。

北海道の人は一般に地元愛が強いというが実際には「外来者」とも言えるものの、このあたりの歴史はナイーブなので深く語られることは少なかったりする。

実は東北地方にもアイヌ語地名は多い

北海道の地名は多くがアイヌ語由来なのは良く知られていることだと思う。

しかし、拙者も最近まで知らなかったが、本州の東北地方の北部、すなわち青森県、岩手県、秋田県、宮城県の北部にもアイヌ語地名が多いのだという。

これはアイヌは北海道や北海道以北だけでなく、東北地方にも古くから暮らしていたことを意味する。