コネタ

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【キャリコン】国家資格・キャリアコンサルタントと5人以上と面談したが全く役に立たなかった話

画像はイメージ。出会ったキャリコンはスーツなんて誰も着ていなかったけど

転職などキャリア相談の専門家とされる国家資格“キャリアコンサルタント”、略してキャリコンとも言う。

キャリコンはキャリアコンサルタントの人間自体を指す場合と、面談であるキャリアコンサルティングを意味する場合があるが、人間と行事が同じ用語というあたりから色々と察しなければならない。

多くはハローワーク絡みの付属物

国家資格というと国家の威厳がありそうだが、天下り的なものや、使えない国家資格もいくつか存在するのが実情。

一般の人がキャリアコンサルタントと接する可能性が高いのは、ハローワーク絡みの転職相談や、職業訓練、教育訓練などの申し込みや、受講中だろう。

ハローワーク自体に雇われているというより、ハローワークと繋がりのある外部企業など、どこからともかくキャリコンは現れるのだ。

教育訓練の場合に現れるキャリコン

都道府県やハローワークの所在地ごとに繋がっている民間組織は違うようだが、教育訓練の申し込みや相談をする時にキャリコンとのキャリコン(面談)が必須となっている場合がある。

この民間組織は表に出ていることは少なくて、「どこの企業から派遣されてくるのだろう?」という好奇心から調べても、実態がよくわからないような企業名しかヒットしなかったことがある。ハローワークとの繋がりが深いから、一般的な営業活動を必要としないのかもしれない。

職業訓練はキャリコンとワンセット

キャリコン自体が比較的新しい資格なので10年以上前はそんなことなかったが、現在、国が行っていたり、民間業者に委託して行われている職業訓練(求職者支援訓練を含む)はキャリコンと一体型になっている。

通い出すと毎月のようにキャリコンが「履歴書の書き方(学生かよw)」「面接のマナー(学生ry)」という、転職経験者なら当たり前に知っているようなことを事細かに説明してくれる。キャリアのプロから教えてくれるのだから、全員が大手一流企業に就職できることだろう(嘘)。

求職者支援訓練では定期的なキャリコンとの面談も義務付けられている。授業の時間外に30分だったか45分だったか、所定の面談を受けないとならない。

キャリコンとの面談が役に立たない理由

役に立たない理由は色々あるが、キャリコン自信が元失業者だからというのがある。

セミリタイヤした40代や50代以上の中高年の人が多く、特に女性の割合が多いようである。

それなりの社会経験がないと見ず知らずの人間のキャリア相談などできたものではないが、カフェとかで会費をとってキャリアカウンセリングや転職セミナーみたいのをやるタイプの人には、もっと若い世代のキャリコンもいるっぽい。まぁ、ハローワーク絡みの繋がりが必要だから就職先に困るのだろう。

キャリコン養成講座自体が立派な商売

何をもって資格商法と定義するかにもよるが、キャリコン自体の養成講座自体も商売になっている。

詳細な金額などは書かないが、国から補助金が出たりする一方で、それを養成しているのがキャリコンの先輩がいっぱいいる職業訓練校のビジネスの一つだったりする場合もあるから、傍目からみるとなんかループしてない? というような錯覚を覚える。

就職先が職業訓練校やハローワーク絡みの太いパイプがある場所などが中心なのも不思議だったりする。

相手に喋らせて納得させるのが基本、なのかな

昔、キャリアコンサルタント養成講座のパンフレットを見たことがあるが、グループワークで傾聴(相手の話を聞く)スキルを重視するような内容だった。

世の中の様々な職業について学び、その仕事に就いて成功するためにはどうしたらいいか・・・というような内容というより、相手に喋らせることを重視するふうに感じた。

ふむふむ、混沌とした考えを喋らせて自ら納得させる手法なのかなと妙に納得した記憶がある。

企業とかの人事部とかにいるパリバリのキャリアコンサルタントは知らないけど、ハローワーク絡みのキャリコンはズブズブだった記憶しかない。あくまで個人的な感想。

PC & モバイル

プログラミング学習に挫折した俺様が挫折した理由を教えてあげるテスト

人間には理解できるものと理解できないものがある

2023年にもなって最近は少し落ち着いた感もあるけれど、少し前の時代では「これからはプログラミングだ」「プログラミングで人生変えよう」「人生はプログラミングw」というくらいに、プログラミングで人生一発逆転できるような甘い広告文句が飛び交っていた。

民間の怪しいプログラミングスクールはもちろんのこと、国が運営費を出している職業訓練校なども湧いて出てきたりして、「俺も、私も、プログラミングで人生一発逆転できるかな?!」とワクワクしている人たちも多いことだろう。

しかし、ちょっと待った。

プログラミングはそんなに甘いものではないので、プログラミング学習で挫折した俺様が、なぜあなたが挫折する可能性が高いのかを上から目線で説明してあげようというのが今回の趣旨である。

1日中、数式や英文らしきコードを見るのが超つまらない

プログラミングに向く人と向かない人の違いを一言であげるならば、数式やら英文らしきコードを1日中、見たり書いたりすることに面白味を感じるかどうかである。

意味不明なコードを見るより、好きなアイドルや好きな異性の写真、ゲームやアニメのキャラを見たり、小説や週刊誌を読む方が楽しいという人は、プログラミングのあまりの地味さ加減に音をあげてしまうことだろう。

逆に数式らしきものを見たり、処理の順番をいじくるのが楽しいと思える人は、ぐんぐんプログラミングが覚えられるのである。

一般的に10代や20代など若い人の方がプログラミング学習に向くというのは、学校での数学や英語の勉強も大した面白くもないけど、面白くなくても盲目的に勉強することができるからではないだろうか。

30代やそれ以上になると、数式やらコードやらを眺めるよりも楽しいことを色々と知っているから、なかなか勉強に身が入らないのである。全くもって個人的な経験ではあるが、周りにいた20代の若者がスキルをどんどん伸ばしているのを横目で見ていて本当にそう思った。

まともなプログラミングの仕事に就くのは20代が限界

あくまで一般論であるけど、誰もが言うのが職業としてプログラミングの仕事に就職するなら20代がギリギリといったところらしい。

もちろん、趣味としてやったり、個人で作りたいアプリを秘密裏に開発してゴニュゴニョするぶんには年齢制限はないが、事実上、20代が限界という説は間違っていないと思う。精神面というか気持ちの問題で30代前半でも何とかなるかも・・・というレベル。

30代後半以上にもなると、持病があったり、もうすぐ介護保険料も払わないとならないし、親が入院していたりなんなりで、集中して盲目的に数式やらコードやらを覚える気力がなくなってしまう場合も少なくないだろう。

プログラミングのエラーを修正するよりも、自分に起きている健康問題や身の回りのゴタゴタを修正することに時間と気力を使わなければならないため、20代よりもハンデが大きいのである。そのため、挫折する可能性が高いと言えるのだ。

プログラミング学習は年単位の時間がかかる

巷のブログラミングスクールは3か月とか4か月、下手したら2か月くらいのところもあるかもしれない。

以前、オンライン説明会を受けたことがあるオンラインスクールは4か月だったが、授業というよりは朝に課題を与えられて、事前に購入させられた市販の分厚いテキストを参考に一人で課題を行っていくというスタイルで、講師やメンターなる人物とはチャットで質問できるというものだった。

個人的にはそんな体制で習得できるモチベーションが想像できなかったので、通学型の職業訓練を申し込んだのである。

職業訓練の詳細は長くなるので割愛するが、その時の講師曰く、まともに業務レベルでオブジェクト指向などを駆使してプログラミングできるようになるのは5年くらいの歳月が必要だという。

HTMLとかのWebデザインだったら、2~3か月みっちり勉強すれば、ド素人でもプロに比べれば素人臭さはあったとしても、一応Webページっぽいモノが作れることが多いと思う。半年も学習を続ければ、社会人としての常識があり、コーディングやデザインセンスのいい人はどこかしらのブラックWeb制作会社には就職することができるはずだ。

ところが、プログラミングの場合は数か月程度の学習では、突貫工事にしかならないので、若さを期待されて就職後にスキルを伸ばしていくしかないようなのである。

プログラミングは20代までじゃないと厳しいと色々なところで言われるのが、このあたりにも理由がありそうである。

持病の通院や介護保険料を払い、家族とのゴタゴタを抱えながら、40歳以上の人がプログラミングで就職を目指して勉強するのは無謀に近いと考えるのが妥当なのだ。30代でも結構厳しいと思うよ。

まとめ 結局、楽しいと思えるかどうかじゃね?

筆者がプログラミングに挫折しそうになった時、「プログラミング 挫折」とかのキーワードで沢山ググったものだが、どれもプログラミングスクールの広告的な記事ばかりが引っかかった。

「だからプログラミングスクールで挫折しそうなんだってば・・・」という心の声は無視されてしまい、世の中にはプログラミングに挫折する人はいないのではないかという孤独感に苛まれたものである。

だから、あえて言おう!

プログラミングに挫折する人はトラウマを抱え込んで闇に葬られているのである。

筆者自身もプログラミングの挫折経験はトラウマに近いものだと認識しているが、数式やいみわからんコードを眺めているより、好きなゲームのキャラの画像を見ている方が幸せなのだから仕方がない。

プログラミング周到は年単位の長い道のりが必要だから、楽しいと思えないことを何年も取り組むのは、もう苦痛でしかないから、潔くプログラミングは外注で済ますことにしたのである。自分なんかより優秀な人にポンっと依頼したほうが、世の中的にもよいに決まっているから、あえて自分がやる必要はないと結論付けたのだ。

WEB制作

【RWD】レスポンシブWebデザインwは妥協の産物で手抜き手法であると知ろう

画像はレスポンシブ(ryの手抜きイメージ

昔アサインされていた、“困ったちゃん”なとある大手企業のWebデザイン案件のお話。

レスポンシブ神話に惹かれてしまったのか、表組や今さら流行らない2000年代かよ~と哀愁漂うような3カラムのゴテゴテした作りのページで、しかもなんとレスポンシブでブレイブポイントが5つもある・・・。

しかもBtoB商材ばっかりだから、PCとスマホ以外のデバイス、すなわちゲーム機やその他の中途半端な解像度を持つネット端末で閲覧されることなどほぼゼロと言っていいのに、5つのブレイクポイントでデザインするのを盲目的に素晴らしいことと考えているようだった。

いやいや、こんな昭和体質の企業はそこら中に転がっているのである。

レスポンシブWebデザインwは妥協と手抜きの産物

レスポンシブWebデザイン、略してRWD(最初はガンダムかなんかの略語かと思った)が何なのかはという基礎知識はここでは面倒だから説明しない。

その上で言いたいのは、RWDは妥協と手抜きの産物であるということ。異論は認める。1万サイトあれば1万通り考え方があって当然だからだ。独自の考え方がないなら、それこそ手抜きである。

事実、BtoC向けの誰もが使っているようなグルメ予約サイト、ショッピングサイトなどでは、ユーザビリティやデザインを突き詰めるために、PCとスマホでHTMLからデザインを分けていることが多い。

一般的に机に向かってきちんと使われることが多いPC向けサイトと、歩きながら閲覧されるスマホサイト(良い子は立ち止まって閲覧しよう)では、求められる情報量や情報の順番、機能、視覚的なデザインなどが違わなければならない。

RWDで必ず陥る甘い罠とRWDに向くページ

RWDは1つのHTMLを全部のデバイスで使いまわす手法でしかないから、そこには矛盾と混沌が生まれる運命がある。そして、その運命からは逃れられない。

盲目的にRWDが優れていると考えているダメ管理職とかダメWeb担当者はそのことを理解しなければ始まらないだろう。

もっとも、RWDがとても優れている部分がある。

それは、前述のように妥協と手拭きをしたい場合だ。

世の中には短期間で可能な限りスピード勝負で作った方がよいWebページというのがある。

ブログでなるべくリアルタイムに発信したい情報や、新製品の紹介やキャンペーンなどで作るLPの類だ。細かなユーザビリティなんかよりも、大雑把でよいからできるだけ多くのデバイスに1つのHTMLソースで情報を提供したい場合である。

そう考えると、やはり大企業の製品紹介などのゴテゴテしたページがRWDで5つのブレイクポイントで作られているというのは、ナンセンスではないかなと思ってしまう節があるのだ。

とは言っても、RWD古いよ、ダサいよとは大きな声では言えないのが現在のWebであって、とりあえずBootstrapとか、あの手の手法は消滅に向かってくれているのが救いかな。

※当記事は小学生の感想文レベルであり、なんのエビデンスwもないので他人の意見を考えずもせずに鵜呑みにしがちな典型的現代人な方は注意されたし。