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Googleドライブで共有したファイルのURLを変えずに中身だけコッソリ差し替える方法

ちゃっかりバージョン管理もできるGoogleドライブ

仕事やプライベートで誰かとファイルを共有したい時にGoogleドライブを使うことがあると思うけど、共有用のURLを相手に伝えてから「うわ、やっちまった」的な細かいミスを発見しちゃった場合、新たに共有URLを再発行することなく、相手に気づかれずにコッソリ中身だけを修正することができる。

「版の管理」から修正ファイルをアップするだけでOK

該当ファイルの3点リーダーから「ファイル情報」→「版の管理」を選択して、こっそり修正後のファイルをアップロードするだけ。(PCでのブラウザの場合)

相手がファイルを開く前だったら「詰めの甘いクソ野郎」と思われなくて済むし、連絡する手間も省けて時短になるね。相手が開いちゃってたら、「もう一度、開いてちょんまげ~」と言わないとならないけどね。

Googleドライブに限らず、BOXとか競合のストレージサービスにも大体はこの機能が存在している気がする。

俺もあまり人のこと言えないけど、ここぞという時に限って詰めが甘い人はお試しあれ。

コネタ

沖縄出身の人とリアルで喋ってわかった北海道出身である俺の沖縄理解度について

画像は北海道の長万部のランチで食べたカレー(記事と関係ありません)

沖縄の人と沖縄の人じゃない人と東京都心のクソ高いランチに行ったので、せっかくなので俺の沖縄理解度を試すべく、色々と沖縄の人に日頃から疑問に思うことを聞いたので覚書しておくテスト。

苦節20年も沖縄に無駄に通った俺の沖縄理解度は、地元うちなーんちゅから見て一体どの程度なのか読者にも知って貰おうじゃねえか。

沖縄の人は誰でも三線が弾ける → ×

俺もそこまで確信的には思っていなかったけれど、沖縄の人で三線が弾けるのは30人に1人のレベルらしい。

クラスに1人くらい三線が弾ける人がいれば良いレベルで、ほとんどの沖縄の人は意外にも三線が弾けないという。

これだとあれか、本土とか北海道でいうクラスに1人ずついるピアノ少女(行事とかでピアノを弾く人)のレベルってことか。

意外と三線が弾ける人が少ないのは、三線に挫折寸前の俺にはありがたい情報だ。

軍用地を持っている沖縄人は金持ちで遊んで暮らせる → 〇

沖縄本とかを読んでる沖縄通には知られているけど、これってマジだったのかよ・・・。

米軍基地のデモとかやってる人は本土出身者や軍用地を持っていない貧乏人だけで、軍用地を持っている金持ちからすれば米軍は神様、仏様ってレベルらしい。基地移転なんてとんでもねぇ!

ちなみに、軍用地所有者っていうのは敗戦後にアメリカに占領された時に自分の土地を米軍基地にされた人たちのことで、日本政府から補償金的なものが支払われる仕組みになっている。

沖縄出身の人は北海道に移住したいと考える → ×

よくよく考えると意味わからん質問だが、北海道出身の俺が沖縄移住を四半世紀近く考えているのだから、沖縄出身の人も北海道移住を当然に考えるのでは? という手前勝手な質問である。

北海道に旅行に行った際に雪が降っていて人生で初めて雪を見たけれど、移住がどうのってレベルじゃないらしい。

俺が小学校の時には沖縄から移住してきた一家の同級生がクラスにいたけどね。まぁ、そんなの人によるよね。

あと沖縄の人からすると北海道は沖縄よりも広いイメージだという。実際に広いけどね。40倍くらい。

沖縄の人は墓の前で飲み会をするのが普通 → 〇

亀甲墓と言って、本土の石碑的な墓とは比較にならないほど大きい、一軒家的な墓が沖縄では一般的。

どっちかというと庭付き一軒家みたいなものだから、沖縄の人は墓の前で飲み会をする。

メイクマンは必須 → 〇

これは沖縄の人と北海道の人の共通見解だった。

沖縄の人にとってはメイクマン(ホームセンター)は沖縄で必須のものらしい。

なぜか俺も必須(笑)

沖縄の人は移住者に厳しい → 〇

沖縄は観光客には甘々だけど、移住してくる人間に対しては厳しいという見解。

移住ブームとか起きても地元になじめずに去っていく人が圧倒的多数だという。

そんなのは俺も重々承知しているけれど、北海道の場合は500万人のうち499万人くらいは移住者(の子孫)だから、来るもの拒まず、去る者追わずだからね。去る者を追わないのは問題だけど(笑)

北海道の方が移住者には精神的な部分だけについては気が楽かもしれない。物理的には半端ないけどね。

俺はBIGINの曲は三線で弾いていない → ×

沖縄の人からすると三線だったらBIGINのイメージだが、俺はBIGINの曲はやっていない。

北海道の人間の俺がパーシャクラブを知っていて、沖縄の人間がパーシャクラブを知らんのは意外すぎる。

東京の沖縄料理店は不味くて話にならない → ×

東京のってことはないけど、沖縄以外の沖縄料理店の味に満足したことはない俺。

だって、タコライスにヒジキが入ってたり、豆とかキュウリとか入ってんだもん。

俺でさえ舐めてるんじゃねーかと思うけど、基本、沖縄料理は缶詰料理だから全国どこでも再現できるらしい。

スパムとかスープの缶詰とかってことかな。

沖縄の人も大東諸島(北大東島、南大東島)には行ったことがない → 〇

さすがに俺も行ったことはないけれど、沖縄本島出身の沖縄人からしても大東諸島の島は沖縄にカウントしていないらしい。

意外にも、船で行くと人間も籠に入れられてクレーンで吊られて上陸することも知られていない。

沖縄の地上戦で死んだ日本兵は北海道出身が多いって知ってる? → ×

今の領土で言えば、第2次世界大戦で唯一、日本国内で地上戦が行われたのが沖縄県。

その頃には日本は相当追い詰められていて、鉄で出来た戦闘機相手に竹槍で闘っているレベルだったが、完全なる負け試合で、中央集権的な時間稼ぎ戦争でしかなかった。

そんな負け試合に送り込める日本兵は絶対死ぬに決まってるから、命の優先順位的に北海道出身者が多く派遣されたという話を俺は、とある沖縄本で読んだことがある。

要は沖縄の地上戦では、民間人は当然に沖縄の人や沖縄の土地が犠牲になっているけれど、日本兵については北海道出身者が沢山犠牲になっている。

今では国内における二大観光地だけど、当時は北海道や沖縄は植民地扱いだから、東京人や本州人にはかなり差別されていたのであろう。

沖縄の人でも誰でも知っているというレベルではないということだと思うけれど、どれだけ沖縄や北海道が本土人の犠牲にされてきたかということは、もっと知られていいと思う。個人的にはね。

沖縄の戦争系の博物館とかでも、北海道出身だと言った時と、東京の方から来ましたって言った時では、特に年配のオジイとかの反応が違うのは肌感覚で感じている。

にしても東京のビジネス街のランチは高いのに不味い(笑)

東京のビジネスマンなんて味がわからんから、不味くても高くても文句言わないからね。

味の自信がなくても雰囲気でやっていけそうだけど、それでも競争は激しいというから世にも奇妙な話である。

不味いなりに競争があるってことか。

たまに比較的安くて美味しい所もあるけれど、不味くて高いところの方が気取った感じの東京人には人気だというのも感じる。俺との感覚のズレだろうか。

あと、成績だけを数値的に見るとだけど、俺は意外にも沖縄のことを半分くらいしかわかってなくて落ち込むわー。

コネタ

川端康成の小説『雪国』を難解に感じる現代日本人が多い理由

トンネルを抜ける前に当たる群馬県側の水上駅(2025年3月撮影)

“国境の長いトンネルを抜けると雪国であった”

という冒頭が有名な川端康成の『雪国』は、新潟の温泉街「越後湯沢」を舞台にした小説である。

文学的な評価の高さや国内外での知名度とは裏腹に、普通の現代日本人が読むと、難解に感じてしまうことが多いとも言う。

基本的な事項として、戦前の古い小説である。

仮名遣いや言い回し、各所の表現が古かったりすることはあるものの、そこまで難しい文章ではないのに、いまいち、すーっとは話が頭の中に入ってこないような、ムズ痒い感じを覚える人は多いかもしれない。

自分もそんな一人だったので、その理由を簡潔に自分なりにまとめてみたのが本記事である。

ちなみに、有名な冒頭文の国境の読み方は、「こっきょう」じゃなくて、当時の一般的な読み方である「くにざかい」が正しいとする説がある。

複数の短編小説を合体させた長編小説

いま文庫本などで一冊の長編小説として読める『雪国』は、元々は複数の雑誌でバラバラに発表されていた短編小説である。

長編として発表する構想はなかったというから、長編を前提としてストーリーが書かれていたわけではないのである。

今どきのゲームとかでいう分割商法や完全版商法と同じというわけではないけれど、短編小説は話がサラッとしているのが多いから、元々が短編小説だけに、短編小説的なサラッとした感じを受けるのは、このせいなのかもしれない

ちなみに、例の有名な冒頭の一文は、長編小説として完全版で発売する時に後付けで出来た一文なのだという。

現代日本には存在しない芸者の制度が話の中心

なにしろ戦前の軍国主義の大日本帝国が舞台である。

ヒロインの駒子は芸者であるが、小説で描かれているような、そこいらの普通の温泉宿に泊まりにきた男性客と、同じ部屋で一晩泊まって夜の相手をする売春婦としての芸者は、現代日本では(おそらく)存在していない。

現代日本では通用しない児童労働や売春がストーリーに深く関わる一方で、現代では考えられないような仕組みや文化、社会構造での話だから、現代日本しか知らない人間の想像力では、理解に限界があるのは仕方がないことであろう。

直接的な売春行為に関する描写がない

上記に関連するが、作者の文学的な表現か、直接的な表現が時代的によくなかったのかは不明だけど、売春行為に関する直接的な表現はなくて、比較的わかりやすい描写でも「あんなこと」などの表現でしかない。

直接的で過激な表現が多い今どきのライトノベルとかの各種メディアに慣れていると、想像力を相当に働かせないと言わんとしていることがわかりにくい。

いや、想像したところで、どうやってもわからないかもしれない。

ナウな現代日本人には理解がしにくいかも

現代日本を生きている現代日本人にとっては、現在しない制度などを理解、経験していないと難解に感じてしまうと思う。

短編小説として最初に発表されたのは、1935年と90年も昔である。

その時代に芸者を利用したことがある人は、今はほとんど生きていないであろう。

ストーリーを追うだけでも当時の芸者のことを知っていないとならないし、戦前の大日本帝国を研究する本として読むくらいのつもりでないと、描写の背景などは理解が難しいように思ったのが正直なところ。

芸者は海外の人にも「Geisha」として有名だと思うけど、昭和後期生まれの自分でさえも、芸者って何ですか? って感じだわ(笑)。聞いたことはあっても、現代の芸者も、戦前の芸者も全然よく知らん。

現代の一般日本人より、日本マニアの外人とか方が芸者に詳しかったりするかも知しれんね。